エピソード104 危険な役作り
「じゃじゃ——ん、新生ジュディリス嬢の爆誕、ご覧じあれ!」
ニノが得意げに鏡を指し示した。
そこに映るわたしは、たしかに大人っぽい。
ジェマの姿は、わたしがなりたい自分の姿でもあった——。
ジュディリスである自分に足りていない要素を持つジェマ——彼女は大人っぽさ、快活さ、たくましさ……を持った存在だった。
だけど今わたしの目に映るのは、過去のジュディリスとは違った姿だ。
あの頃より成長して、自信を身につけた姿……。
感情を隠すために前髪で顔を隠していたジュディリスとは違う。
ニノの持っている中で、いちばん露出の高いという銀灰色のドレスを着て、濃いめの化粧を施し、髪は巻き髪にして、後れ毛をたっぷり残したアップスタイルにしてもらった。
「どう……かな? それらしく見える?」
「う〜ん、見た目はかなりいけてるんだけど、なんか違うような……」
ニノが真剣に考えているのを見て、ヘンリエッタが言った。
「仕草じゃない? 色気のある仕草……」
「そうね、ジュディリスは、綺麗過ぎて、なんかこう——近づき難い感じがするからね。男性に媚びない清廉な美貌っていう印象なのよね……」
うーん……。遠回しに色気がないっていうことを伝えてくれているらしい。
だけど、役作り的にはなんとかしないと……。
「こう——くるくるっと後れ毛を指で巻いてみて! 視線は斜め下……、そうそう、やればできるじゃない」
ニノに褒められて、少し自信がついた。
「上目遣い、やってみて! 今度は鼻をつんとあげて! 前屈みで腕を絡めて……そうそう!」
その後もニノとヘンリエッタからたっぷり指導を受け、免許皆伝とまではいかないまでも、一応の成果が見られたということで、実践練習をすることになった。
練習相手としては、まずは無難なテオ副団長がよいのでは? とヘンリエッタに言われて、彼の部屋に向かうことにした。
腰つきに気をつけながら、左右に足をくり出し廊下を歩いていると、すれ違う団員達の目が、チラチラとこちらを見ている気がする。
目が合いそうになると慌てて逸らす男性達の視線には慣れないけれど、なんだか昨日までのわたしを見る目とは違う気がしないでもない。
しめしめ——魅力的な女性として意識されているかもしれない。
「テオドール副団長、ジェ……ジュディリスです。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ……」
扉をあけて、腰を揺らしながら部屋に入っていった。
テオドール副団長は書棚から本を手に取ったところだったけれど、歩み寄るわたしを見て本をばさりと落とした。
「うふふ……もしかして動揺してます? 今日のわたし……別人のようだったりします? 新生ジュディリスの最終チェックをお願いします」
「……うふふ?」
テオ副団長は幻聴を聞き、幻覚を見たかのように、瞬きを繰り返し、自分の耳朶を引っ張った。
「……まずは、無事のご生還おめでとうございます」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」
「しかし、生還して早々……人を疑うことを知らない単純なあなたで遊ぶべく、変なことをそそのかした輩がいるようですね……」
「——単純……? 聞き捨てならない発言のような気もしますが、今は小さいことは忘れましょう。
そそのかされたわけではなく、わたしがお願いしたんです。演じたい自分になる手伝いを」
「——ほう、演じたい自分。……興味深いですね。それで、どのような自分を演じるつもりですか?」
テオ副団長はわたしの顎を摘んだ。
これは早くも、わたしの魅力に陥落か——?
思わず一歩後退ってしまったけど、わたしをしげしげと見るテオ副団長の眼差しは、実験動物を見るそれのようだ。
いや、これくらいで自信を失うわけにはいかない。
わたしは大人の女性、恋多き女……なのだから。
「不道徳で、不品行な令嬢です」
「それはまた……難易度の高い役作りを」
「これでも、色々指導を受けてきたんですよ? 『テオドール副団長を堕とせたら完璧だ』と言われて来ました」
必殺技を使うのは、このタイミングでいいだろうか?
——前屈みになり、腕を交差して胸を強調しつつ、上目遣いにテオ副団長を見つめてみた。
ついでに唇を尖らすように突き出してみる。
ニノはこの仕草を教えてくれた後、背を向けて震えていて、ヘンリエッタもベッドでうつ伏せになって震えていた。
その後、涙目で「痺れるほどの威力だった」とヘンリエッタは言っていた。
そして今、“痺れるほどの威力”をまともに食らったテオ副団長は口を手で覆った。
「——うっぷ、……失礼! 私としたことが食事を摂り過ぎてしまったようで胸焼けが……」
「まあっ、それでしたら……わたしが治しましょうか? せ・い・りょ・く・で」
後れ毛を指でくるくる巻きつけながら言ってみた。
だけど、テオ副団長は固辞するように手を突き出した。
「——結構です。私は過剰な色気は受け付けないたちのようです……」
残念。なぜかテオドール副団長にはニノ直伝の“あざと攻撃”が効かないようだ。
副作用なのか、胸焼け症状まで起きてしまっているようだ。
これでは免許皆伝の道のりはまだまだ遠いようだ。
「ひとつ言えることは、教師を間違えたようですね……。
まあ、いいでしょう。それよりも……なぜ不道徳な令嬢を目指しているのか、理由を聞かせて下さい」
「実はですね……、とある皇族に求婚されているのですが——わたしが聖女に認定されてしまうと、断るのが難しくなりそうで。
背徳令嬢なら不適格とされるのでは——と思った次第なんです……」
「なるほど、奇妙奇天烈に見えることにも、裏を返せばそれなりの事情があったということですね」
テオ副団長の感想には、引っかかりを感じるけど、まあ大目に見よう。
「そういう事情でしたら、僭越ながら私からアドバイスしましょうか?」
「是非お願いします」
「——まず、浮名を流す相手を選ぶつもりなら……トルエンデ騎士団員達にその技は効かないでしょう。逆に距離を置かれるかもしれません」
「ど……どうしてですか? わたしの“あざと攻撃”はテオドール副団長以外にも効きませんか?」
「あなたに言い寄ったり、言い寄られたりしているところをトルエンデ公爵閣下に見つかったら、どうなると思います?」
「ちょっとした……嫌がらせをされるかも?」
「——ちょっとした、どころではありませんね。間違いなく討伐では最前線に行かされますね。
『敵を攻撃しようと思ったら、ちょっと当たっちゃった』などと、負傷させられたり——もあり得ますし……」
いや、いくらなんでもそれはないだろうと思ったけど、テオ副団長の妄想はまだまだ続きそうなので、遮ることにした。
「じゃあ、辺境派遣騎士団員に“あざと攻撃”をかけるのはどうですか?」
テオ副団長は大きく息を吸い込んで吐き出すように勢いよく言う。
「それこそ、命知らずでしょうね。クラウス卿の、あなたへの過保護ぶりから察して下さい」
たしかに彼は過保護だ。
だけど、帝国精鋭騎士団員はギルベアト殿下について帝都に戻ったし——。
これでは、わたしの“あざと攻撃”を受ける被験者が見つからない。
「じゃあ、わたしはどうすれば背徳令嬢になれるんですか?」
「命知らずか——ある程度の自信家で、あなたの演技に付き合ってくれる男と、ベッドで戯れる姿を皇子殿下に見せるのが、簡単で手っ取り早く、信ぴょう性やトラウマも与えられるんじゃないでしょうか?」
ピンときた! 自信家といえば目の前の——。
「テオドール副団長、ベッドでのお相手お願いします」
「いえ、申し訳ありませんが、私では役不足になると思います」
「どうしてですか?」
「私達の空気感を皇子殿下がよくご存知だからです」
「ああ、なるほど! わたし達の間にそういう秘密めいた甘い空気が全くないということですね? テオドール副団長が変人で、女の人とデートするよりゾンビダスとのデートを楽しむ人だっていうこともバレてますしね」
うん、うん、と納得するわたしを横目に、テオドール副団長が不本意だと言いたげに首を振った。
「私は別にゾンビダスとデートをしたいわけではありません」
「まあまあ。わたしは人の趣味の良し悪しなんて、口にするほど野暮じゃありませんよ?」
「あなたのお相手に相応しいと思う人が一人います。しかも私がいくつか弱味も握っていて、私の頼みを断れない相手です」
はて、そんな人……テオ副団長の周りにいたっけか……?




