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背徳聖女と呼ばれても、皇子妃はお断りです〜聖の力で癒し、魔の力で魔獣を討ちます!  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード100 夢から醒め、禁術が暴かれる

「わたし……、いったいどうして? ここは……どこ?」


「よかった……気付いたんだな?」


 目を開けると——お祖父様が嬉しそうに笑いかけ、お祖母様は涙を溢れさせて、わたしを見下ろしていた。


 ——薄い若草色の天井にメダリオン……ここは見慣れた辺境伯邸のわたしの部屋のようだ。


 首をもたげて起きあがろうとして、髪の毛が本来の金色に戻っていることに気がついた。


 お祖母様が心配そうに肩に手をかける。

「急に起き上がるのはよくないわ。長い間、寝ていたんだもの。まだ頭がふらついたりするんじゃないかしら?」

 

「お祖父様、お祖母様……どうしてここに?」


「ジュディー……お前は、毒にやられていたんだ」

 お祖父様が説明をしてくれた。


「毒……? わたし、クラウス卿と一緒にテラスで……。クラウス卿は? どこ?」


 クラウス卿の居所を訊ねただけなのに、二人とも開きかけた口を閉じて、何も答えない。

 どうして——そんなに哀しそうな顔をするの?


「何が……あったの? 毒って……誰が——そんなものを?」


 分からないこと、訊きたいことだらけだ。


 お祖父様が怒りを堪えられないと言いたげに拳を握りしめた。


「——イリーナだ。あの娘が毒の禁術を使って、お前を殺そうとしたんだ」


「——そう、イリーナが……。でも毒の——禁術……? そんなものがあったなんて……」


「私も知らなかった。禁術だからな……。

解毒薬もないらしい」


 お祖父様が声を詰まらせたので、お祖母様が続けた。


「体内に摂取させる必要すらないらしいの。髪の毛のひとつまみ——それがあれば……詠唱するだけで、たちまち髪の持ち主の体内を毒が巡るらしいわ」


 ——息が、止まった。

 そんなものが……存在するなんて。


 なんて恐ろしいの……。禁術とされるだけある……。

 そんなものが、わたしの命を刈り取ろうとしていたなんて——。

 怖ろしさに震えるわたしの手を、お祖母様が握りしめてくれた。


「——いったいどうやって、その犯人がイリーナだと分かったの? 証拠は見つかったの?」


「——何から話せばいいかしら……。

あなたが毒に倒れてから——クラウス卿がね、ラヴォイエールの従者達からイリーナが聖力を得た日を正確に聴き出してくれた。

その日はまさにあなたが聖力を失った日だったの」


 日にちまで同じでは、偶然と言い逃れるのは難しい。それだけでは証拠としては弱いけど……。


「——そして第一皇子殿下が、イリーナを問い詰めて、聖力を失ったことも白状させたのよ」


 イリーナが聖力をなくしたことは、遅かれ早かれ皆の知るところにはなっただろうけれど、それが——わたしが聖力を取り戻した日だったのなら、偶然と言うにはできすぎている。


 クラウス卿と殿下——二人がそれぞれ手に入れた証拠が合わさって、聖力がなんらかの方法で奪われていたのでは——という疑惑が深まったのだろう。


「第一皇子殿下がそれらの事実を突きつけて、そういったことを可能にする禁術がないか調べるため、禁書庫を解放して貰えるよう、禁書庫管理部門に働きかけて下さったの」


 皇族である殿下でもなければ、申請しても禁書庫への入室許可などすぐには取れなかっただろう。


「そこに、きっとあなたの毒の症状の秘密もあるに違いない——そう考えて、ことを急がれた。

あなたの命がかかっていたから……。

殿下とクラウス卿のお二人で禁書庫に入って徹夜で文献を漁って下さったの。

そうして……“剥奪の禁術”と“毒の禁術”という二つの禁術の存在を突き止めた」


「二つもの禁術が世に出回っていて、その禁術がわたしから聖力を奪い、命まで奪おうとしていたなんて——。

……イリーナは——その二つの禁術を使ったと認めたの……?」


「もちろんすぐには認めなかった。

だけど禁術の存在が明らかになり、イリーナの罪を追求するために、罪人への尋問の略式許可を得たクラウス卿が、イリーナに精神干渉魔術を使ったの」


「自白させた……の?」


 侯爵家の令嬢を相手にかなり強引なやり方だ。


「ええ……。でも、そうしたら本当に驚くようなことが次々にわかって……。

それは私にとってもお祖父様にとっても……酷い真実だった——」


 そう話しながらも、お祖母様は込み上げてくるものに身体の震えを抑えられない様子だった。

 お祖母様の頬に光る涙を見つめ、わたしも話を聞くために心を落ち着けようとした。


「どういうこと……?」


「古くから遡ったほうが理解しやすいかしらね?」

「そうだな……」


 今度はお祖父様から切り出した。


「最初に“剥奪の禁術”を使ったのは、先代のラヴォイエール侯爵、ヘルムート卿だったんだ」


「まさか……魔力暴発で六百人も犠牲になったあの……プラーナ・マルドゥークの大災厄?」


「そう、彼と私の間には——どうしようもない確執が残っていた」


「ヘルムートお祖父様は——お祖母様が自分を見捨ててお祖父様を選び、そのために、自分は脚まで失ったと感じていたのよね……?」


「——おそらく。そして年月とともにその負の感情が膨らんだとしたら……私を負かしたいという気持ちが大きくなってしまったとしてもおかしくない」


「思い詰めてしまっていた……と?」


「ああ、“剥奪の禁術”を使って彼は私の魔力を奪い、魔力で私を凌駕しようとしたんじゃないだろうか……?」


 確かにプラーナ・マルドゥークの少し前からお祖父様は魔力が枯渇していた……。

 ヘルムートお祖父様が剥奪の禁術でトルエンデのお祖父様から魔力を奪っていたからだったのね——。


「魔力を奪ってはみたものの、二人分の魔力量は膨大過ぎた……?」


 帝国で一ニ位を争う魔力保持者二人分の魔力量だ。一人の身の内に収まるようなものではなかったのだろう……。

 ましてや、聞いた話通りなら長らく魔力抑制も受けていなかった。


「それで、——暴発させてしまった……?」


 わたしは疑問を口にし、頷いたお祖父様は大きく息を吐いた。


「その結果、私は魔力を取り戻し——ヘルムート卿を殺してしまった……」


 ——その言葉は、あまりにも静かで。

 それなのに、重かった……。


 ヘルムートお祖父様は、間違った妄執が不幸を導いたということ——最後には気付いたんだろうか?

 それとも……最後まで自分を憐れみ、人を恨んでいたのだろうか?


「イリーナの自白によれば、お前の父——ゲオルクは、剥奪の禁術のことを遺書で知ったようだ。

彼は生来あまり魔力を持たなかったから、自分が魔力暴発を起こす危険性は低いと考えたようだ。

父と同じく剥奪の禁術に手を出した」


「そしてお祖父様は再び魔力を奪われ、病に伏した……。そういうことね?」


 自分の父ながら、本当に情けない人だ……。

 お祖父様は溜め息を吐いた。その顔には疲れが滲んでいた。


「私から魔力を奪うことに成功して、一時期は魔獣討伐でも名前を上げたが、三年もたたずに魔力暴発を起こしそうになって、ローレン——お前の母が抑制した」


「お母様は魔力暴発を防いだのね……?」


「そう、その時ゲオルクに奪われていた魔力が……私に返還された。ローレンのしたことは、正しい行いだったんだ。だが……」


「お父様はお母様を魔力を奪ったと、逆恨みしたのね?」


「そうだ。ローレンに殺意まで抱くようになったゲオルクは、ある時——セザビアから“毒の禁術”のことを聞かされた」


「まさか、そんな——嘘よ……。違うわよね?」


 その瞬間、頭をよぎった恐ろしい想像に顔が引き攣った。背筋を冷たいものが走り抜ける。


 ——違うと、言って。

 そう願ったのに……。


 一縷の望みをかけてお祖父様を見つめたけれど、お祖父様が哀しげな表情になったことで、聞かずとも察してしまった。


「毒の禁術を使えば、頭髪が緑に染まるという痕跡が残るそうよ」

 お祖母様が冷たい、怒りの籠った口調で言い切った。


 継母は人に奇異に思われようが、毎夜髪を黒く染めていた。あれは生え際の髪の色を隠すためだった……?


「イリーナによると、セザビアはローレンを毒殺した口止めに、ラヴォイエール侯爵家の正妻として迎えられたそうだ」

 

 そう語るお祖父様は無念そうに、肩を震わせ、唇を噛み締めている。

 

 お祖父様もお祖母様も、今になって、亡くなった娘が殺されていたことを知って、どんな気持ちだっただろう?


 わたしに涙を見せまいと必死に堪える二人の姿を見て、胸が締め付けられるように痛む。


 ——彼らは——なんてことを、したの……?

 拳に殺意が籠り、強く握りしめた。

 爪が指に食い込み——気付けば血が滲んでいた。


「まさかお母様の(かたき)だったなんて……。——許せないわ。絶対に……許せない」


 父と継母の顔が浮かび——全身が震えた。

 なんの罪もないお母様を監禁し続け……。挙句毒の禁術で殺したなんて……。

 それなのに、のうのうと生きていたなんて——。


 悔し涙が次から次へと溢れてきた。

 お母様——どれほど苦しかったことか……。

 さぞかし無念だったでしょうね——。


 血が滲む指を、さらにきつく握りしめた——。

 

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