第94話 魔丸
走ってでも帰る!!
やはり私は残って良かったと思ったのは、この馬鹿はそんなことを言い出したからだ。
とても走って帰れる距離ではないし、たとえ人間を逸脱したこの男にそれが成し得たとしても、消耗した体力で彼女に勝つことが出来るとは思えない。
「……近くまで飛行機で飛びましょう、あとは…電車が動いているといいのだけれど。」
「どこまで行ける?」
「飛行機でなら、1番接近して関西空港です。」
「そこまで行けたら、あとは冴香さんに頼んで鳳の自家用ヘリで上まで行ける!」
さぁ乗るぞと言った彼に続き、搭乗手続きを締め切っていた飛行機に乗り込んだ。
そこからは約1時間、彼はずっと地図を見ていた。
戦いのプロはまず地理から入るのか、なんて感心していた。
関西空港に着いた時には、冴香さんがヘリで迎えに来ていて、
「こっちです!」
と呼ばれた彼女の元へ向かった。
頭が痛くなるほど高度を上げたヘリから見る夜景は、長崎の夜景に劣らぬ綺麗なものだった。
「明王院の真上です!」
そう叫んだ冴香さんの声でふと我に返り、彼を見ると彼は私を一瞥して美しい夜景に消えていった。
嵐のような、夜だった。
「冴香さん、彼の家にこのまま向かえますか?」
彼の視線で、伝えたいことは理解した。
ここぞの彼に、負のオーラは一切なかったが、それはなお私を不安にさせた。
「!!!!!」
さすがに俺をぼかすか殴っていたこのクソ女も、驚いているようだった。
体の内部が、焼けるように痛いが、それが与えられた力なのだと思うと、不思議と耐えられた。
辺りが暗くなりだし、視界は悪くなっていく。
と、今度は見える速度で殴りかかって来た女の拳をギリギリで避け、奴の腹部に一発いれてやった。
と、恐怖に震える。
なんだよ、この腹…。
なんか仕込んでんのか?
腹筋だとしたら、恐ろしい固さだった。
いや…。
黒間と喧嘩したのも、今はもう昔のことか…。
奴は一度体勢を立て直すためか、一度後ろへ退いた。
が、青神さんは防戦一方のようだ。
バラバラバラバラ…。
感覚が鋭くなっている今、自分の家のヘリの音を聞き違える馬鹿はいない。
「………もう少しか。」
もう少し、あと少し耐えられたら俺たちの勝ちだ。
「青神さん!あと少しで弾が到着します!」
聞こえてはいるだろうが、きっと返事が出来るほどの余裕はないのだろう。
「…黒間は呼ぶな、三代目…俺の後輩の仇は、俺がとる。」
そう言った青神さんの計画は失敗に終わってしまいそうだったが、弾が到着しさえすれば、あとは奴に任せるだけだ。
余力を残す必要は無い、それどころか奴の為に少しでもこいつらを削っておきたい。
「不死鳥……!」
二発目ともなれば、俺の手も限界のようで、大きな火傷を伴っていたが、奇眼が俺に与える痛みは、それを大きく上回っていた。
これさえ当たれば…。
今度は平手打ちのように、奴の顔まで持っていく。
火の粉が溢れながら、命を滾らす固めた掌は勢い良く向かっていったが、案の定、すんでのところで止められる。
「俺も、これでも鳳会の会長なんだよォ!!」
止められた炎をそこに置き、体を捻って一回転し、奴の頭に踵を落とす。
不死鳥を止める為に両手を使っていた奴はこれを止められるわけもなく、もろに食らって瓦礫にのめり込む。
あとどれくらいだろうか。
勿論奴は起き上がり、再び俺に向かってくる。
そのスピードは先刻までの奴を凌駕しており、見きれず俺はもろに拳をくらい、後ろに吹っ飛んだところへ炎を撃ち込まれた。
「…ぐっはぁ!!」
腹を焼かれる。
魔弾だろうか、あれは弾も撃っていた気がする。
ただ弾のそれは人差し指からスーパーボールほどの大きさだった気がするが、こちらはドッチボール程の大きさだ。
「……魔丸。」
奴が呟く声が聞こえた。
成る程、そりゃデカイわけだ。
お陰で魔弾ほどの貫通能力はないが、急所以外に撃つならこちらの方がダメージは大きいだろう、お陰で俺の腹部は肉が剥き出しになっていた。
ただ、こういったものを撃ち込みさせ続ければ、
「持久戦じゃボケエエエェェェェ!!!!」
俺も負けじと火を噴く。
突破して殴りかかってくるこの拳を避けもせず、殴らせてその隙に俺も一撃顎に食らわせてやった。
早く来いよ、弾。
この作戦も、長くは持たないぜ…。




