11 健気な少女
昨日と同じ宿へ帰り着くと、リンネが朝と同じ笑顔で迎えてくれた。……が、袖口からのぞく白い腕に赤い蚯蚓腫の痕が、痛々しく何本も刻まれている。
「リンネ、その手……」
「あ、いえ。なんでもないんです」
慌てて手を隠すリンネ。これは……やっぱり俺達のせいだよね。タダで泊めたりしたから……。
とその時、宿の奥からドスドスと荒々しい足音が聞こえてきた。
「この浮浪者め! 図々しくもまた来やがったのかい!」
「ご、ご主人様」
鬼のような形相をした老婆がリンネの背後から現れ、俺達に向かって棒を振り上げる。
「ひっ」
妹が小さな悲鳴を上げて俺の陰に隠れる。俺は慌てて言葉を発した。
「ち、違います違います。今日はちゃんとお客として来ました。ほらお金もこの通り、昨日の分も合わせてお支払いします」
ちょっと……いやかなり脅えながら一万アストル銀貨をカウンターに置くと、とたんに老婆の表情が変わり、不気味な笑みを浮かべる。
「なんだそうかい。金さえちゃんと払ってくれるならこっちは文句ないんだよ。リンネ、部屋に案内してやりな」
それだけ言うと、老婆はまた奥に戻っていく。怖かった……妹はまだ俺の後ろに隠れたままだ。
「申し訳ありません、昨夜の事がご主人様にばれてしまいまして」
すまなさそうに頭を下げるリンネ。今の老婆が、奴隷としてのリンネの所有者らしい。あまりいい人そうには見えなかったな……。
「いや、リンネはなにも悪くないよ。むしろこっちこそゴメン、その腕のケガ、あの人にお仕置きされたんでしょ? 俺達を勝手に泊めたから……」
「――っ」
リンネは否定も肯定もせず、黙ってうつむいてしまった。嘘がつけない性格なのだろう、いい子だ。
「えっと、改めて今夜二人の宿泊と夕食をお願い。それと昨日の宿代も」
「はい、二人部屋でよろしいですか? 部屋代が2000アストル、お食事が二人で1000アストル、昨夜の宿泊料が2000アストルで、合計5000アストルになります」
そう言って一万アストル銀貨を回収し、代わりに100アストル銅貨の10枚束を五つカウンターに置く。
ちなみに二人部屋の所は俺が返事するより速く、妹がコクコク頷いて決定されてしまった。そりゃ別々に泊まるのは俺も不安だし心配だけどさ。
「そうだ、おつりはいいからリンネが取っておいてよ。昨日の食事のお礼って事で」
もちろんこれだけで恩を返せたなどとは思わないが、とりあえずだ。
だがリンネは『そんな、いただく訳には』と何度も遠慮する。…………最初は遠慮だと思ったのだが、大人しい印象のリンネにしてはあまりに頑ななので理由を訊いてみると、少しうつむきがちにか細い声で教えてくれた。
「人族の奴隷は奴隷であっても私物を持つ事を許されていますが、私達エルフ族の奴隷は私有財産の所有を認められていないのです。ですからいただく訳にはいきませんし、仮にいただいたとしても私達は単独で外出する事を禁止されているので、使う事ができません」
「……リンネがじゃなくて、エルフ族全体がそうなの?」
「はい……街に出る時には必ず人族の監督者がついて、首輪につけた鎖を持っていただかないと、逃亡奴隷とみなされてしまいます」
そういえば今日街で見たエルフ達も、みんな鎖を持つ人間が一緒にいた。人間の方も首輪をした奴隷なケースもあったので、奴隷の中でもエルフの奴隷は一段下の扱いなのだろう。
「お気持ちだけでも、とても嬉しかったです」
そう言って笑顔を浮かべるリンネに、心がキリキリと締めつけられる。
「じゃあせめて、今夜の食事を三人分にして。もちろん一食はリンネの分で」
100アストル銅貨五枚をカウンターに置いて言うと、リンネは一瞬驚きの表情を浮かべたあと、嬉しそうに微笑んでくれた。
「ありがとうございます。夕食は腕を振るいますね」
その笑顔はとても眩しく、しかし儚くも見え、俺の心をいっそう強く締めつけるのだった……。
現時点での大陸統一進捗度 0%
資産 所持金 45万2300アストル(-5500)
配下 なし




