第21話 嫌がらせ
妙な出来事が起ころうとも、ミレイユが為すべきことは変わらない。
侯爵家を支えていくのに必要な知識の吸収。それから試験勉強。
自由時間のほとんどを勉学に割いて過ごすミレイユに、更なる事件が起こったのは、二日後のことだった。
(論文がなくなっているわ……)
二限目の魔法実技の授業を終えて演習場から教室に戻ったミレイユが鞄の中身を確認すると、今日提出予定の論文が紛失していることに気づいた。
午後の最初の授業に当たる五限目の魔法座学で個人発表し、提出しなくてはならない論文である。
図書館で借りられる資料を参考に、現在では使用禁止となっているいくつかの古代魔法の中から好きな魔法を選択して調べ、魔法の効果の詳細な説明と、国が禁止した判断は妥当かどうか、己の見解を述べる。といった課題だ。
一応、こんな時に備えて、論文が手元になくとも諳んじられるように文章は暗記してある。なくとも発表は可能だが、提出が遅れるのは避けられない。事前に担当教師に論文が紛失したことを相談しておくべきなのだけれど。
ミレイユはほう、とため息を吐いてしまった。
問題なのは、魔法座学の担当教師だ。ミレイユのクラスの担任でもあるダグラス・ウェスラー。彼は徹底した事なかれ主義なのである。自身の担当するクラスの生徒が何者かによって嫌がらせを受けているなんて事実、いかにも関わるのを厭いそうだ。
(論文が持ち去られたのではなく、屋敷に忘れた言い訳と片づけられてしまいそう……)
はあ、と二度目のため息を吐いたミレイユは立ち上がり、教員室に向かった。
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「そのような言い訳は感心しないな、マグノリア」
蛇のような男の眼光が、真っ直ぐにミレイユを射抜いた。
演習場から教室に戻ってきたら、提出予定の論文がなくなっていた。教員室で休憩していたダグラスにそう相談すると、開口一番、お説教が飛んできた。
「忘れたなら忘れたと、正直に告白するのが筋だろう。お前は優等生だと思っていたが、内申の減点回避のためにこうも下手な言い訳を並べ立てるとは……失望したぞ」
案の定、である。この担任が生徒に寄り添ってくれるはずもない。担当するクラスで盗難が発生した、という事実よりも、ミレイユが忘れ物をした、と解釈した方がダグラスにとっては都合がいいのだから。
事実を相談したら失望すると返ってきた。なんとも理不尽である。
とはいえ、嘆いていても始まらない。事前に想定できた流れなので、対策もきちんと考えてある。
「先生? 私は先生のクラスでいじめが発生している、なんて騒ぎ立てるつもりはないのです。ただ、私に非がないのに内申を減点されたくはありません。ですので、論文の提出期限を本日中までに延ばしていただけませんか?」
五限目には間に合わないが、下校時刻までなら論文を書き上げるのは間に合う。
「もし呑んでくださらないなら、この件はバークレー先生に相談いたします」
そこで、ダグラスの顔色が変わった。
この場にいない学年主任のクロス・バークレーは、ダグラスとは真逆の気質を備えている。つまり、正義感がとても強く、生徒にも親身に接してくれる。今回の件もきちんと調査してくれるはずだ。
調査の結果、万が一にもミレイユの証言が事実とされるような証拠が出てくれば、取り合う姿勢をみせずに放置しようとしたダグラスは責任を追及され、査定に響く。
ダグラスとしては、面倒極まりないはず。
ミレイユとしても、この件を大事にする気は今の段階ではないので、バークレーに相談せずに済むならそれが一番だ。
ダグラスの渋面を見つめること、数秒。
「……今日中なら、遅れは見逃そう」
交渉成立、である。
ありがとうございます、とミレイユは微笑んだ。




