第22話 ミレイユの機転
休み時間にちまちまと論文を記憶の中から引っ張り出して文字に起こしていると、あっという間に五限目がやってきた。
端の席から順番に、生徒が古代魔法に纏わる論文を発表していく。耳を傾けていたミレイユは、四人目の生徒に順番が回ってきたところで、目を瞬かせた。
ハーネル男爵家の令嬢ミゼットが朗々と論文を読み上げている。彼女が選んだ魔法は結界術式。その内容は――一文一句違わず、ミレイユの書いた論文と文章が同じだった。
(彼女が、私の鞄から論文を持ち出した犯人……?)
ミゼットとは交流がなく、挨拶程度の会話しか交わしたことがない。恨みを買っている、なんてことはないはずだけれど、動機がまったくない、というわけでもなかった。
というのも、ミゼットはキャスリーンの友人なのだ。
クラスの違うキャスリーンとよく一緒に過ごしているのを見掛ける。彼女がミレイユの鞄から論文を持ち去ったのだろうか。
わからないが、やるべきことは決まっていた。
ガタン、と。わざと音を立てて、ミレイユは立ち上がった。教室中の注目がミレイユに集まる。
ミゼットが論文を読み上げるのを止め、ちらりとこちらを見た。彼女の桃色の唇がわずかに持ち上がり、弧を描く。明確に、悪意がこもった仕草だった。
ミゼットには間違いなく、自身が読み上げているのがミレイユの書いた論文だという認識がある。
「少し、よろしいでしょうか?」
騒ぎ立てる気はないと言ったが、こうなっては話が変わってくる。ミレイユが書き上げた論文を、他人の成果にされてしまいたくはなかった。
「ミゼット様が読み上げている論文は私が書いたものなのですけれど。一体どういう訳でしょう?」
教室に小さなざわめきが起こる。教壇に立つダグラスが眉を顰めた。
「本日、魔法実技の授業の後、私の鞄から論文が消えておりました。犯人はミゼット様だったのですね」
単刀直入に切り込むと、ミゼットが柳眉を逆立てた。
「失礼なことをおっしゃらないで。これは正真正銘、私が書いたものよ。言い掛かりはやめてちょうだい」
ミゼットがぴしゃりと突っぱねる。ミレイユは臆することなく追及を重ねた。
「では、筆跡を確認してもよろしいですね? 先生? ミゼット様のノートと論文の筆跡が一致するか、確認していただけませんか?」
不審、戸惑い、好奇心。生徒の反応は三者三様で、その視線は、ダグラスの一挙手一投足を窺っている。
「……ハーネル。確認させてくれ」
致し方ないと言わんばかりの足取りの重さで、ダグラスがミゼットに要求した。
「もちろんです、先生」
ミゼットはあっさりと応じて、座学のノートを差し出す。
(ということは……)
論文とノート。交互に視線を送ったダグラスが、ため息交じりに裁定を口にする。
「間違いなく、ハーネルの筆跡だな。気は済んだか、マグノリア」
どうやら論文とノートの筆跡は一致するらしい。念のため、ミレイユはミゼットの席に向かった。
うんざりした顔で、ダグラスが論文とノートを差し出してくる。確認してみると、確かに両者の筆跡は同じで、ミレイユのものとは異なった。
ミゼットが素直に呑んだ時点で、筆跡での糾弾が難しいことは予測できた。
二限目から五限目開始までに論文を書き写すことは、ミゼット一人では時間が足りないはず。彼女はきちんと授業に出席していたし。誰かしらと分担して、筆跡を真似て書き上げでもしたのだろうか。大した労力である。
ここまでする意図がよくわからないけれど、この論文がミレイユの書いたものであることは確かなのだ。
それなら――。
「授業を中断させた罰は受けてもらうぞ、マグノリア」
ダグラスの叱責が飛んできたが、怯むことなく、ミレイユはミゼットを見据えた。
「ミゼット様。この論文ですが、参考にした資料を教えていただけますか?」
「え……」
先ほどまでの余裕が嘘のように、ミゼットの顔からたちまち血の気が引いた。
この論文はミレイユが書いたもの。それなら、書いた本人にしか答えられない質問をぶつけて、周囲に違和感を拾わせればいい。
「今回の課題は図書館で借りられる資料を参考とすることが条件です。例えば、こちら。『この魔法が禁止魔法に指定されるきっかけとなったのは、オルセインの悲劇と呼ばれる事件であり――』。この後事件の詳細が綴られていますが、当然、参考とした資料があるはずです。なんというタイトルの資料を参照されたのでしょう?」
「それは……っ、資料のタイトルなんて、いちいち覚えていないわ!」
「一冊も、ですか?」
「そうよ! 悪い!?」
ミゼットは語調を強め、そう開き直った。ミレイユはかくりと首を傾ける。
「この論文は、ご自宅で書かれたのでしょうか?」
「当たり前でしょ! 私が書いたんだからっ」
返ってきたのは、期待通りの回答。
(……単純な方で、助かるわ)
ミレイユは内心でそう思った。
自身が書いたと主張することに意識を持って行かれて、ミゼットはミレイユの誘導に気づくことなく、あっさりと失言してくれた。
にっこりと微笑んで、決定打を口にする。
「では、図書館の貸し出しカードを見せてくださいな。自宅で執筆したのなら、参考にした文献を図書館から持ち出しているはず。借りた資料のタイトルと論文の内容が一致しなければ、この論文はミゼット様が書いたものではないと証明されます」
「あ……」
しまった、と。ミゼットの顔にくっきりと書いてあった。ミレイユはダグラスを振り仰ぐ。
「先生? このミゼット様の反応を見ても、私の妄言だと思われますか?」
ミゼットの顔色は真っ青だ。無実の人間は、こんな反応しない。
ダグラスは深々とため息を吐いた。
「仮に論文を書いたのがハーネルでないとして。マグノリアが書いたという保証もない」
「一言一句違わず、論文の内容を諳んじることができます。それで証明になりませんか?」
虚を衝かれたように、ダグラスが目を瞠った。ミレイユはじっと教師の返答を待つ。
「……いいだろう。この論文は預かる。マグノリアの番が来たら諳んじてみろ。一言一句違わぬようなら、君の論文だと信じよう」
それで十分だ。
ダグラスがミゼットを鋭く見据える。
「ハーネル。放課後、生徒指導室へ来なさい」
その言葉で、ダグラスが事実をどう見ているかが判断できた。
生徒たちのどよめきがさざ波のように広がる教室で、ミレイユは自身の席へと戻るのだった。




