第20話 生じた違和感
ミレイユが教室に戻ったのは、昼休みが終了する一分前だった。ギリギリで席に着けたミレイユは、鞄から経済学の教科書を取り出そうと中をまさぐり――あら、と目を瞬かせた。
「……おかしいわ。朝、鞄に入れた記憶があるのだけれど……」
目当ての教科書が見当たらない。何度確認しても、鞄の中に経済学の教科書は入っていなかった。
今からでは、別のクラスの生徒に教科書を借りに行っても間に合わない。教師に忘れたことを申し出るしかないだろう。
違和感を覚えつつも、ミレイユの記憶違いで、教科書を鞄に入れ忘れた可能性は充分にあった。なので、この時はそこまで深く考えることはしなかった。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
「ミレイユ様」
一日の授業が終了し、帰り支度をしていたミレイユは、名前を呼ばれて首を巡らせた。声を掛けてきたのは見知らぬ女子生徒だった。胸元で揺れるリボンの色で、一学年下の二年生だとわかる。
「南庭園のベンチに、こちらが忘れてありました」
差し出されたのは、経済学の教科書だった。受け取って表紙を開いてみると、一ページ目にミレイユの名前が記載されていた。間違いなくミレイユの教科書である。
「届けてくださって、ありがとうございます」
お礼を告げると、女子生徒ははにかんで教室を出て行った。
受け取った教科書を鞄にしまい、ミレイユは嘆息する。
(これは……おそらく嫌がらせ、よね……?)
ミレイユは今日、南庭園に一度も足を運んでいない。誰かがミレイユが教室にいない合間に鞄から教科書を持ち出し、庭園のベンチに放置した。
今しがたの女子生徒が嘘を吐いていない限りは、そうとしか考えられなかった。そして、面識がなく、学年すら違う生徒が嘘を吐いている可能性というのは、かなり低いはず。なので、誰かの嫌がらせというのが本線になってくる。
問題は誰が、何の目的でそんなことをしたのか、である。
(誰が、はなんとなく想像がつくけれど)
ふっと頭に浮かぶのは、オスカーとキャスリーンの姿だ。脳裏を過ぎるのは、先日のオスカーの啖呵。
『俺からもお前に予言をくれてやる。アルヴィンと婚約を交わしたこと、貴様は心底後悔することになるだろう』
(これがその、後悔とやらなのかしら……?)
教科書がなくなっていたのはまだまだ序の口で、この先も嫌がらせが続くとなれば、オスカーの言も腑に落ちる。
辻褄が合うとなれば、やはりオスカーたちが関与していそうだ。目的がイマイチ不透明だけれど。
さて、どうするか。
ミレイユの鞄に触った生徒を見なかったか、クラスメイトに聞いて回ったり、キャスリーンやオスカーの動向を探るなど、やれることはあるけれど。
思考を素早く巡らせ――。
(しばらくは、様子を見ましょう)
ミレイユはそう結論付けた。




