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【連載版】幼馴染ばかりを優先する婚約者には、愛想が尽きましたので  作者: 雪菜
第二章

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第12話 あなたのことを教えてください

「悪い人ですね、ミレイユ様?」

「え?」


 侯爵邸の廊下で、隣を歩くアルヴィンがそんなことを言った。


「ミレイユ様への長年の態度から、兄様の社交界での評価は芳しくありません。おまけに短期間で二度も破談になったとなれば、まともな家はまず敬遠します」


 アルヴィンの指摘はひどく現実的なもの。おそらく、オスカーは気づいていなかっただろうけれど。

 

「一見すると、婚約解消は重労働から逃れられる楽な選択肢に思えて――実は相当な茨の道に、兄を導きましたね?」

「苦労を要する道のりですから、いずれオスカー様はご自分の将来に危機感を持つでしょう。いい薬になるのではないかと」


 婚活に躓けば、過去の己の振る舞いを反省したりすることもあるかもしれない。

 

「おまけにホプキンス男爵令嬢も牽制できて、一石二鳥というわけですか」

 

 ミレイユはにっこりと微笑む。

 

「ついでに、もしオスカー様が心を入れ替え、誠心誠意社交に励み――良縁に巡り会えたら、後々は侯爵家の後ろ盾になります。とっても美味しいです」


 鳶色の瞳が、ぱちくりと瞬く。ははっ、と。足を止めたアルヴィンが吹き出した。


「何か、可笑しかったですか?」


 笑う要素はどこにもなかったと思うのだけれど。

 

「いや、ミレイユ様だなぁって。すごく合理的だ」


 そう言ってミレイユを見つめる眼差しはひどく優しげだ。つい、首を傾けてしまう。


「……アルヴィン様。私の前で、無理をしていませんか?」

「え?」

「キャスリーン様を前にしたアルヴィン様は、普段とは違って見えました。実はあちらが素のお姿だったりする、とか……」


 ミレイユの疑問に、アルヴィンが眉根を寄せた。

 

「素というか……昔から、彼女のことは苦手だったんです。だから、まあ、当たりは強くなっちゃいますよね」


 アルヴィンは人当たりがいいので意外だったが、誰にだって苦手な人の一人や二人はいるかと思い直す。

 

「……でも、そうですね。ミレイユ様が思っているほど、僕はいい人ではないかもしれません」


 ミレイユの目から見てアルヴィンは礼儀正しく、紳士的な人当たりのいい男の子、という印象だった。


 そんなアルヴィンが、意味深な笑みを浮かべる。


「僕がミレイユ様の思い描く人物像とかけ離れていたら――失望しますか?」

「私は善良な人間とは言い難いですから。アルヴィン様が悪い方なら、案外とお似合いかもしれませんよ?」


 そう答えてから、クスリと微笑む。


「尤も、今のところ私の中でのアルヴィン様は演技上手で可愛らしい男の子という印象で、悪の道からはかけ離れておりますけれど」

「今日の僕、けっこう頑張った自負があるんですけど。それでも『可愛い』になるんですか?」

「とっても頼もしかったですけれど、これまでの印象を覆すには至りません」


 婚約者を深く愛する貴公子を上手に演じてくれていたけれど。ミレイユの中での印象は変わらない。


「二歳しか離れてないのにな」


 アルヴィンがぼやくように言う。

 

「年齢など関係なく、ただただ素のアルヴィン様が可愛らしいという証明ですね」

「僕が嫌がっているからって、わざと口にしてません?」

「そんなことはありません。婚約者をめいっぱい愛でているんです」


 ミレイユがニコニコと微笑めば、アルヴィンは『完全に面白がってるし……』とため息を吐く。


 そんな彼の様子に頰を緩めていたミレイユは、ふと表情を引き締め、切り出した。


「アルヴィン様? ご趣味はなんですか?」

「え? 趣味ですか?」


 突如として切り替わった話題に、アルヴィンが目を丸くする。


「キャスリーン様に尋ねていらしたでしょう? 聞いていて、恥ずかしながら私もアルヴィン様のことをよく知らないなと自覚しまして」

「……僕に興味を持ってくださるんですか?」


 なんだか、すごく驚いたような反応だった。


 ミレイユは首を傾げる。


「だって、アルヴィン様は私のことをよく見て、知ろうと努めてくださっているでしょう? 同じだけのものを返すのは、婚約者として当然の義務です」


 アルヴィンがミレイユの嗜好を把握しようとしてくれているのに、ミレイユはアルヴィンのことを何も知らないままなのは、よくないことだと思う。 


「政略結婚であっても、お互いが居心地良く過ごせるよう努力するのは大切だと思うのです。なのでまずは、アルヴィン様のことを知るところから始めようかと」


 アルヴィンの心配りに、ミレイユはできる限り応えたいと思う。

 

「……そう、ですね。それじゃあ一旦、僕の趣味は置いておいて。すごく、大切なことを知っておいてくれますか?」

「なんでしょう?」


 こつん、と肩が触れ合い、アルヴィンが身を屈めた。ミレイユの耳元で、内緒話でもするかのように囁く。

 

「僕は演技やお世辞で、女性に『可愛い』なんて表現は使いません。この意味、伝わりますか?」


 覗き込んでくる瞳に、ひたむきな色が灯る。


 演技やお世辞で可愛いとは言わない。そしてミレイユは、過去に何度かアルヴィンから可愛いと言われたことがある。

 

「それは、つまり……」


 言葉の意味を呑み込もうとするミレイユに、アルヴィンはふ、と苦笑した。

 

「ミレイユ様は僕のだいたいの言葉を建前と捉えて流していますけど。まずはそこの認識を改めてもらえると助かります」


 つまり――。


 意味を理解した瞬間、ミレイユは。


「私に可愛い要素はないと思います……っ」


 全力で否定した。


 だって、ミレイユは冷たい人間だし、合理性の塊だし、可愛いなんて人種からはかけ離れているのである。


 可愛いという言葉は絶対に適していない自信がある。


「そんなことないですよ。わかりやすく可愛いです。例えば、好きなものを前にしている時のキラキラしたお顔とか」


 真顔で言われたので、ミレイユはたじたじになる。

 

「……私が、再三アルヴィン様を可愛いと言ってからかったので、仕返しです……?」


 からかわれているのなら、納得がいく。


「そこまで全力で否定するほど、僕の言葉は信用がありませんか?」


 アルヴィンがちょっぴり傷ついた顔になったので、ミレイユは慌てた。


「いえ、そうではなく! えぇと、でも……、やっぱり、私には似合わない言葉な気がしまして……」

「多少なりとも信用があるのなら、今日のところは真に受けおいてもらえませんか?」


 どう反応すればいいのかわからなくて、ミレイユはあたふたした末に。

 

「……ありがとう、ございます……?」


 なんとか絞り出した答えは、正しいのかどうか、まったく自信のないものだった。


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