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【連載版】幼馴染ばかりを優先する婚約者には、愛想が尽きましたので  作者: 雪菜
第二章

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第10話 婚約者を交換しましょ?

 侯爵邸の談話室に移動すると、ソファに腰を下ろしたキャスリーンを宥めるように、オスカーが言葉を投げかけた。


「キャスリーン、冷静になってくれ。君は俺を愛しているはず。なら、バークライトの跡継ぎ問題など大したことじゃないだろう」 

「侯爵家の跡継ぎのオスカーなら好きよ? でも、そうじゃないオスカーは私に相応しくないんだもの」


 ぷいっとキャスリーンがそっぽをむく。


 キャスリーンはわかりやすい令嬢だ。なんでも己が一番じゃないと気が済まなくて、婚約者にも相応のブランドを求める。当然、爵位を継げなくなったオスカーなど眼中にない、ということ。


「わかったら、婚約の解消に同意してちょうだい」

「冗談じゃないと言っているだろう。婚約の解消など、絶対にするものか……っ」


 オスカーは頑なに首を横に振る。


 キャスリーンを愛しているから、というわけでもないのだろう。ここまでのキャスリーンの言動を聞いていれば、百年の恋も冷めるというもの。

 頑なに拒むのは、キャスリーンに捨てられた、という事実がオスカーにとって受け入れられないものだからに違いない。彼の高いプライドが、邪魔をしているのだ。


 オスカーの態度に唇を尖らせていたキャスリーンが、ふと瞳を輝かせた。

 

「……そうだわ!」


 名案を思い付いたという顔で、彼女は手を叩く。

 

「ねえ、ミレイユ様。この際だから私たち、婚約者を交換しましょうよっ」

「……はい?」


 突飛な申し出に、ミレイユは目を瞬かせる。予想していなかった話の流れだった。

 

「だって、元々オスカーの婚約者はミレイユ様なのだし。私とアルヴィンは幼馴染で、気心の知れた仲だから。私の方が上手く付き合っていけるわ」


 キャスリーンが蜂蜜みたいに甘い笑みをアルヴィンへと向ける。三人だけにして何かあっては心配だからと、アルヴィンもこの場に同席していたのだ。


「アルヴィンだって、ミレイユ様より私が婚約者の方が断然いいでしょう?」


 壁に背を預けて立っていたアルヴィンが、にっこりと微笑んだ。常の優しい笑みではなく――どことなく冷ややかな笑顔。


「あなたが、僕の何を知っていると? 趣味や嗜好を答えられるんですか?」

「え? それは」


 口ごもるキャスリーンを眺めながら。


(わ、私も答えられません……っ)


 ミレイユはミレイユで、冷や汗を流した。


(ええと、ええと。紅茶は香りが優しくて爽やかな味のものを頼んでいたはず。甘いものは苦手ではなくて、でも、クリームたっぷりのケーキよりさっぱりしたフルーツのタルト系がお好みで……趣味は……し、知りません……)


 あなたは答えられるの、とキャスリーンから矛先を向けられたらとっても不味い。ミレイユは一生懸命、これまでアルヴィンと過ごした際の記憶を掘り起こしながら、飛び火しませんように、とお祈りする。


「……」


 黙り込んだキャスリーンを、アルヴィンは冷ややかに見据えた。

 

「次男の僕に興味なんか持っていなかったでしょう。古くからの顔見知りというだけで気心の知れた仲だ――なんて、よく言える」

「こ、言葉の綾よ! それに、そんなの、これから知っていけばいいでしょう! とにかく、ミレイユ様より私が婚約者の方が自慢になるわよっ?」

「僕は理想が高いので、あなたは視界に入りませんよ」


 そっけなく答えるアルヴィンは普段見ている彼とは違っていて、ミレイユはなんだか知らない人を見ている気分になった。


 キャスリーンが眦をつり上げる。


「生意気を言わないで! 私を誰だと思っているのよ!?」

「しがない男爵家の令嬢でしょう。あなたと結婚したって、僕にはなんのメリットもない。自慢になるどころか、寧ろ恥になりかねないくらいだ」


 ますますキャスリーンが憤りで顔を赤くしたので、ミレイユは慌てて割って入った。


「キャスリーン様。婚約者の交換には応じられませんが、私が代わりに婚約の解消を呑むよう、オスカー様を説得することは可能です」

「説得……?」


 ミレイユは頷く。


「このままでは埒が明きませんので、私がお二人のあいだを取り持ちますわ。但し、キャスリーン様がある条件を呑んでくださるのであれば、ですけれど」

「条件って?」

「私たちの卒業まであと一年と少し。学生生活を平和に過ごしたいのです」


 キャスリーンには、入学当初から一方的に対抗意識を持たれ、時には悪意を向けられた。いい加減に疲れる。ミレイユは平穏な学園生活を送りたいのだ。


「私がオスカー様を説得できましたら、金輪際私へ悪意を向けることはしないと誓ってくださいますか?」


 婚約の解消には当事者同士の合意が必要だ。このままではキャスリーンはオスカーの婚約者という立場に囚われたまま。


 キャスリーンとしては一刻も早く解放されたいのに、話は平行線。辟易する状況だろう。


「……いいわ。いい加減にうんざりだもの。約束してあげるから、代わりにオスカーと話をしてちょうだい」


 ミレイユはにっこりと微笑み、棚の引き出しから一枚の書類を抜き取った。それをテーブルに置いて、羽ペンとインクを持ってくる。

 

「では、こちらの書類にサインをお願いします」


 書類には、オスカーとの婚約解消が成り立った場合、金輪際ミレイユに悪意ある行動を取らないことを誓う旨が記されている。

 契約を破った場合には、キャスリーンは学園を自主退学する、とも。

 

「……どうしてこんなものがあるのよ」

「こんなこともあろうかと、事前に用意しておきました」


 侯爵家の後継者を発表したらオスカーとキャスリーンが解消を巡って争うのは想定の範囲内。ミレイユにとっては今後のキャスリーンの行動を牽制できるちょうどいい機会なのだ。

 だって、人の物を欲しがるキャスリーンである。今後、幼馴染で優良物件となったアルヴィンを奪おうと裏で画策しないとも限らない。面倒ごとはごめんだった。


 キャスリーンが書類にサインするのを見届けたミレイユは、不機嫌な空気を放って黙り込んでいるオスカーを振り返った。


「では、オスカー様。ここからはキャスリーン様ではなく、私とお話ししましょう」

「俺は婚約の解消になど同意しないぞ」

「いいえ。オスカー様は、必ず同意してくださいます」


 ミレイユは自信たっぷりに微笑んだ。


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