第48話 火種
血と泥に覆われた拳が地面をひたすらに打ち付ける。いくら地下に向けて叫んでも返事は返ってこない。どれ程の時間が経っただろうか。ベティはおぼつかない足取りで踵を返す。
サラはリリスが呑み込まれてから一歩も動けずにいた。
両手で抱きしめた膝が小刻みに震えている。何度も仲間の死を目にしてきたが、今まで以上の恐怖を感じていた。もはや冷静なリーダーの姿はどこにもない。瞳は焦点を失い、虚空を見つめたまま浅い呼吸を繰り返している。
動けなかった自分が嫌いだ。ああやって死にたくないと思った自分が情けない。リリスの奪還よりも自分の安全を優先したことを後悔している。
「……サラ」
名前を呼ばれ、肩が震えた。恐る恐る顔をあげると、そこにいたのは血と粘液を浴び、右手を垂らしたベティの姿だった。
言わなくてもわかっていた。だがそれでも、一縷の望みをかけて、サラはベティに聞いた。
「ベティ……リリスは……?」
「逃げられた」
聞きたくなかった答えが帰ってきた。サラは子どものように泣きじゃくり、耳を両手で抑えた。もう何も聞きたくない。膝から崩れ落ちるようにベティがサラの前にしゃがむ。
左手で顔を覆い、静かに涙を飲み込む。
「ベティ……私たち、どうすれば……これからどうすればいいの?」
「……セクターに戻ろう」
「戻って……どうするの?あんなの……」
「支援部隊を要請する。通常のならここで終わりだったが新型だ。上層部も調査のために動くはず」
「でも……でも、私たちがここに戻ってくる頃にはリリスは……」
ベティは勢いよくサラの頬を叩いた。泣きじゃくるサラの肩を左手で乱暴に寄せると、自分に言い聞かせるかのように叫ぶ。
「落ち着け!ネクストルムは苗床にするために獲物を生きて持ち帰る!つまりまだ……生きてる」
ベティは歯を食いしばる。血の味が口の中に広がった。
「もう泣くだけ泣いた。次の行動に移らなきゃだろ?」
サラは叩かれた頬を片手で抑え、ベティを見る。彼女は戦士の表情をしていた。凄絶さに気圧され、溢れ出ようとしていた涙がぴたりと止まる。
「あいつは強い。多分、苗床にされるまで時間を稼いでくれるはずだ。だから私たちは……リリスに応えるために、早く帰って部隊を連れてから戻る」
「……ええ。そうね、あの子は強いわ」
「だから立って、サラ」
ベティはサラに左手を差し出した。
「自分のことが情けないと思うならここで泣いてる場合じゃない。死にたくないと思ったなら尚更、武器を手に取らなければならない。死んだら何も成せない……リリスを助けるのも、あいつの腹を捌くのも、生きてなきゃできない」
サラは涙ぐんだ視界でベティの左手を見つめた。傷だらけになりながらも諦めずに震えている手。恐怖で胸が押しつぶされそうになりながら、サラは手を握り返した。
「……迷惑かけてごめんなさい」
「まずは問題を片付けてからだな」
ライフルを拾い上げ、手馴れた動作で残弾数を確認した。
「通信機はある?迎えを寄越すよう取り合ってみるわ。追撃が来る前に急いで退却するわよ」
「さすがリーダー、あいよ」
ベティが胸ポケットから無線機を取り出した。動かない右腕を止血バンドで体にキツく固定する。激痛が走るが堪えた。
二人は壊滅した市街地を奔走した。どこもかしこも似たような景色だ。しかし遮蔽物が多く、ネクストルムの気配を感じたらすぐに身を隠せるのがありがたい。リリスの不在により索敵の精度は大きく下がっていたが、それでも死の恐怖をなんとか乗り越えた二人にとっては容易いことだった。
一刻も早くセクターに帰還し、協力者を集いリリスを救出しなければならない。それがいま自分たちにできる最大限の努力だった。
「あそこ、セクターだ!」
歩き始めてから数時間後、ベティが荒い息を吐きながら声を弾ませる。
緊張が緩みかけたその時だった。
「ちょっと待ってベティ。何か……おかしいわ」
サラが銃を構えスコープを拡大する。そこに映ったのはいつもの平和なセクターの姿ではなかった。
黒い煙があちこちから立ち上り、外壁は激しく崩壊し、鉄骨がむき出しになっている。サラの指先が小刻みに震え始めた。
「どうして……どうして……?」
「おいサラ、何が見えるんだ!」
痺れを切らしたベティが尋ねる。サラは銃をベティに渡す。
「おい……なんでだよ。なんでセクターから……煙が?」
おっ




