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アリアドネ・コード─少女兵たちよ人類を奪還せよ─  作者: チャハーン
第2章 断絶の箱庭編

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第47話 誘拐

 同時刻、ベティとサラはキャリアーの相手をしていた。鈍重な動きをしているキャリアーだが、付近のネクストルムを呼び寄せる能力を持っている。見つけ次第速戦即決で戦わないと苦戦を強いられるだろう。


 サラは高台へ飛ぶと狙撃ポイントを探し始めた。壁が厚く、障害物が多いところが理想だ。


「来いよ化け物!誰か喰ってたら腹ん中かっ捌いてやるよ!」


 ベティが走る。キャリアーはこちらに気づき、体を揺らしながら威嚇する。背中のポッドは空だ。つまり、ベティが人質を気にして戦う必要がなくなる。

 機関銃が銃口から火を吹く。プロメテウスの名に相応しい火力だ。吹き飛ばされそうな凄まじい反動を腕力で押さえつけ、弾幕を打ち付けた。


「おらおらおらおら!仲間を呼べるものなら呼んでみろ!」


 ベティは無線でサラに合図する。今食い止めている間に目を撃ち抜け、と簡潔に強く伝えた。


『右目をやったわ。そちらから見て左に飛び込んで。あとはわかるわね?』

「もちろん……!」


 滝のような弾幕を止め、キャリアーの左側に駆け出した。目が再生するまでまだ時間はたっぷり残されている。高周波ブレードを取り出すと勢いが乗ったままキャリアーの顔面を切りつけた。そのまま勢いを殺さずに地面を蹴り、目から口、頬の筋肉を切り裂いていく。

 口の半分がだらりと垂れる。


「おりゃあああ!!」


 これでもう叫びは使えない。あとはじっくりと確実に命を奪うだけだ。

 大口径の弾丸が頭上を掠めてポッドに命中する。20ミリもある弾丸は、柔らかい触り心地のポッドを水風船のように叩き割った。

 中から温かい液体が零れ、ベティは足を滑らせた。


「おいサラ!」


 体を起こしたベティはサラに怒りの無線をする。返答は無かった。

 ため息混じりにリロードをし、暴れ藻掻くキャリアーの脳天に銃を突きつけた。キャリアーが完全に沈黙したことを確認するとベティは銃を置く。高周波ブレード片手に、念の為ポッドの確認をした。一つ、二つ、全て空だ。融合した痕跡もない。

 安堵のため息をつくと、再び機関銃を手に取り無線をつけた。


「ターゲット沈黙、そっちはどう?」

『こちらサラ、ストライカーの気配はないわ。リリスも終わったようね、合流しましょう』

「結構早く終わったね。そこから飛び降りる?受け止めるよ」

『冗談言わないで』


 サラは崩れた階段を何段か飛ばしながら降りていく。問題ない高さまで下ると、壁を突き破ってそのまま受身を取る。リリスのように軽く、ベティのように大胆な登場だった。


「お疲れ、やっぱサラの狙撃はすごいよ!」

「別にそんな大した技術じゃないわ。ノミを撃つわけでもないし、あんなに大きいなら当てるのは簡単よ。それに私はあなたと違って力も弱いから、これくらいしかね」


 サラとベティが軽い談笑を交わしながら並んで歩く。ベティは返り血で汚れた体と装甲を拭った。


「スピッター、リリス一人に任せたけど大丈夫だったみたいだね」

「あの子は強いもの。相当コンディションが悪くない限りあの程度には負けないわよ」


 瓦礫の山を抜けると、胃液まみれになっていたリリスと沈黙したスピッターの巨躯が転がっていた。辺りには胃液特有の酸っぱい臭いが充満しており、思わず二人は顔をしかめる。


「リリス、無事かー?」

「無事だけど見てよこれ……最悪」


 リリスがベティに抱きつこうと近づくと、ベティは悲鳴をあげながら逃げ惑う。その様子を見てサラは小さく息を吐いて歩み寄る。


「怪我は無さそうね……損傷は?」

「マガジンラックが故障、あとは動体検知器と酸素マスク、スーツの冷却ファンがやられた。リロードは手動でやってもあんまり変わらないし、特に問題はないかな」

「ならよかったわ。じゃあその臭いのをどこかで落としたあと、残り半分を頑張って進みましょう」


 リリスが小さく頷く。銃を肩に回し、水辺を探して歩き始める。サラも背を向け、荷物を手に取っていた。


 最初に異変に気づいたのはベティだった。


「あれ、そういえばスピッターは?」

「あっちに──」


 リリスは背中の方を指さし、視線を移した。そして石化したかのように動きが止まる。

 スピッターの死骸がない。


(死骸がない……?蒸発した?いや、それにしては早すぎる)


 二トンの肉塊があった場所へ足を進める。あれほどの質量が一瞬のうちに消えるためには相当なエネルギーが必要だ。しかしその場所にあったのは紫がかった粘液と地面を擦るような跡だけだった。

 ネクストルムが仲間の死骸を捕食することは知っている。だが果たしてこれほど大きなものを一瞬のうちに捕食できるのだろうか。あの時戦ったベヒーモスなら可能なはずだ。

 それほど大きな生物が音も立てずにここに潜んでいるとしたら。


(やばいっ……!!)


 動体検知器は故障していた。普段であれば潜伏していたベヒーモス級のネクストルムを、迫り来る死の足音に気づけていただろう。


「二……人とも……」


 リリスは二人に助けを求めようと振り返る。叫ぼうとしたが、喉から声が出ない。サラとベティの顔が今までに見たことないほど蒼白に引き攣り、目を見開いて自分の頭上を呆然と見ていた。

 もはや銃を構える気すら起きないのだろう。サラの手から荷物が音を立てて落ちた。


 死。


 刹那、視界が暗闇に覆われた。頭上から振り下ろされた何かがリリスの動きを止める。しばらくしないうちに重力が消えたかのように体が持ち上がった。

 狭い。

 リリスが最初に感じたものだ。首長竜のネクストルムに呑まれ、ひたすら食道を蹴って抵抗した。嚥下から逃れようと壁を掴もうとするが、唾液で滑って上手く掴めない。そもそも空間が狭くまともな身動きすら取れなかった。一方向に腕を伸ばせば、伸びた空間分の肉がリリスを押しつぶす。何も見えない、臭い、臭い、滑る、臭い、狭い、暗い苦しい苦しい死にたくない死にたくない死にたくない。


 暴れれば暴れるほど限られた酸素が減っていく。あの時酸素マスクが溶けていなかったらもう少し足掻けていたかもしれない。全身を推し潰そうとする圧迫感と酸の刺激臭が脳を揺らす。

 爪をガリガリと突き立てても、落下は止まらない。


(ベティ……サラ……!!)


 より一層圧迫感が強くなる。頭、胸、腹、足、滑り台を下るように噴門を通り抜ける。意識が途切れる直前、噴門をこじ開けようと力を込めるが開かない。ネクストルムに力で勝てるわけが無い、と痛感した瞬間だった。

 全身から力が抜けていく。

 ドサリ、と音を立ててリリスは消化液の池に倒れた。


「あっ……あ……」


 数秒前までそこにいたリリスは跡形もなく消えた。一瞬の出来事にサラは完全に戦意を失い、その場で尻もちをつきガタガタと震えている。

 今まで見たことのない新型のネクストルムは、かつて太古の時代に存在した首長竜のそれと似ていた。キャリアー以上に長い首、戦車と同じくらい大きな胴体。


「おい……なんだよ、リリス」


 首長竜のネクストルムの異様に長い首の皮下には膨らみがあった。小さく藻掻くそれはゆっくりと下へ、下へと押し流されていく。あれはリリスだ。生きたまま化け物の中で溶かされていく。

 固まっていたベティの体から熱いものが噴き出してくる。


「……せ」


 瞳孔が開き、血管が浮かび上がる。リグもその感情に呼応するように展開する。不快感は一瞬のうちに消し飛び、血管がはち切れんばかりの激昂へと変わった。


「返せ!!!!」


 新型はリリスを呑み込んで満足したのか、巨体をくねらせ、その大きさに見合わない俊敏さで撤退を始めた。瓦礫をかき分け、地面を滑る姿はまるで水泳のようだった。

 ひれが付近の壁を破壊し、欠片を撒き散らす。ベティはそれをものともせず追跡していた。


「動くなぁ!動くと当たらないだろ!」


 ベティの目は血走っていた。左手のプロメテウスが火を噴き、右手の高周波ブレードが飛んでくる瓦礫を切り刻む。徹甲弾や炸裂弾をものともせず新型は走り、ベティとの距離を離していく。

 機関銃の弾を撃ち尽くすとそれを惜しげも無く投げ捨て、身軽になったベティは天高く跳躍した。


「リリスを返せ!!」


 尾びれを鬼の形相で掴むと、無我夢中でナイフを突き立てる。顔に浴びた体液を乱雑に拭うと背中に駆け上がり、更に肉を引き裂いていく。新型は激痛で咆哮をあげ、左右に体を揺らす。


 天と地がひっくり返った。


「なっ……!」


 指先が離れ、ベティは空中に投げ出された。

 凄まじい加速と共にベティはビルの壁へ叩きつけられた。視界が一瞬モノクロになり、肺に溜まっていた空気が押し出される。瓦礫の山を転がり落ちながらベティは血反吐を吐き捨て、すぐさま立ち上がろうとする。


「リリス……待って……ろよ」


 しかし立ち上がるのが限界だった。右手には力が入らない。靭帯がちぎれているようだ。この一瞬が隙となり、新型は距離を離していく。


「おい、待てよ……逃げるんじゃ……ねぇよ」


 新型は頭を地面に突き刺し潜り始めた。柔らかい地盤を掘り起こし、泥の中に入るかのように瓦礫と土の中に潜り込んでいく。

 ベティはおぼつかない足取りで走るが届かない。尾びれの先端が地面の中に消え、大量の土煙だけが残された。


「あああああああ!!ふざけるなネクストルム!!お前は!お前たちは!」


 陥没した穴の跡を掘り返す。指先には冷たい土と石ころの感触だけだ。もはやリリスを追跡する手段など残されていない。


「私からどれだけ奪えば……どれだけ奪えば気が済むんだ!!」

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