第42話 役目
遅れてごめん
普通にマジで書けなかった
それとコンテスト2つ落ちてました
「──え」
リリスは息を飲む。しかし新しく空気が入ってこない。次のタスクに移ろうとしても、思考が停止している。
勢いよく抱きしめられ、肺から空気が抜けていく。
「私を……許して欲しい」
マクスウェルは消えかけた声で言う。
「不甲斐ない私のせいで……長い間苦労をかけてしまった」
「ど、ど、どういうことですか……?」
リリスはマクスウェルの体を押しのけながら聞いた。彼の体は鉛のように重かった。いや、生身のリリスに力が入らないことが大きな要因だった。
「20年も隠していたことだったが、とうとう話す時が来てしまった。私はお前の父親だ……」
「──う、うそだ……」
リリスは腰から崩れ落ちた。マクスウェルはそんな彼女を支えようとそっと手を差し伸べたが、顔には戸惑いが浮かび、手を止めた。リリスは床に膝を着いたまま頭を抱える。
(嘘だ……そんなはずはない、だって私のお父さんは……)
必死に過去の記憶を辿る。母と、妹と、そして自分が朧気ながら浮かんできた。三人が微笑ましく食卓を囲んでいたが、そこに父親の姿はなかった。リリスの母は父親について尋ねられた時、いつも誤魔化していた。写真の一枚も、名前も、思い出さえも教えてくれない。
不自然な空白の中に、マクスウェルの言葉のパズルが恐ろしいほど正確にはまっていく。
リリスは頭を振り、消え入るような声でマクスウェルに聞いた。
「じゃあ、あなたは……本当に」
「そうだ。私は正真正銘、ハンナの夫であり、君の……」
マクスウェルは言葉に詰まる。
一呼吸置き、申し訳なさそうな色を瞳に宿して淡々と語る。
「……いや、父親と名乗る資格は到底持ち合わせていないだろう。かれこれ二十年もの間、お前たち家族を放置したのだ。今更父親面をして出てきたところで、私を許し、信じるのは無理があることだ」
リリスと目が合う。彼女は何も言わない。ただ「父親」の言葉に耳を傾け、取り乱さないように努力している。
「しかし当時の私は大尉でしかなかった。内部抗争と戦火から家族を守り抜くためには、可能な限り私から遠ざけ、政府や軍に関わらず、一般人として暮らさせることが私に出来る最大限の配慮だった」
「お母さんは何も言わなかった……あなたのことなんて一言も」
「今はまだ……詳しく話せないが、妻には伝えていなかった。私との関係が察知されると標的にされる可能性もある。ハンナには苦労をかけてしまったのに……」
マクスウェルは視線を落とし、深くため息をついた。その表情には今まで以上に深い陰りが刻まれ、生え際も後退しているように見える。静まり返った元士官室にマクスウェルの力ない声が響いた。
「すべては私の力不足によるものだ」
リリスは地面の一点を見つめる。自分が今まで築いてきた過去の思い出の裏には、巨大で冷徹な大人の都合が潜んでいたなど信じたくなかった。母が隠してきたパズルのピースが、隠し通された父の存在が今こうして目の前に立っている。
「お前がアリアドネに入隊したことを聞いた時、私は胸が締め付けられる思いだった。お前を軍人にしてしまったことは……」
マクスウェルはゆっくりとリリスに近づき、肩に両手を置いた。今度は躊躇わず、目と目が合う。手のひらから伝わる体温が、リリスの心拍数を僅かに遅くした。
「だが、それでも……こうして生きて現れてくれたことに感謝しなければならないな」
リリスは耐えていた。しかし「生きてくれてありがとう」という親らしい言葉に涙がどっと溢れた。一度流れ始めた涙は止まらず、頬に跡を残す。マクスウェルの輪郭がぼやけ、視界が歪んでいく。リリスは唇をぎゅっと堪えたがそれでも止まる気配を見せない。
今まで自分が戦場でネクストルムに向けていた復讐心。それは不器用な父の願いと、母の必死の隠蔽とは正反対に位置する感情だった。その事実がリリスの心の琴線を残酷に切り裂いていく。
「う……あ、うぅ」
リリスは両手で顔を抑えて子供のように声を上げて泣いた。
二十年間一度も触れることのなかった父親の温もりが肩から全身へじわじわと広がる。マクスウェルは何も言わずに彼女の肩を抱き寄せた。娘の涙が止まるまで司令官としての仮面を外し、大きな体で彼女の全てを受け止めていた。
「取り乱させてしまった……すまない」
マクスウェルは穏やかな声でハンカチを手渡した。リリスは涙の筋を拭うと、掠れた声でありがとうと言う。涙は止まったが、まだ頭の中にある混乱が消え去ったわけではない。
父親であることを告白されても、今すぐに「お父さん」と呼ぶことは困難だ。それでも、彼女の中で何かが動いていることは確実だ。今までとは世界の輪郭が少し違って見えるかもしれない。
「話は以上だ。戻ろうか、他の仲間が……いや、"家族"が心配するだろう」
「はい、閣下」
リリスは深く一礼をした。閣下と呼ばれてマクスウェルは一瞬残念な表情を浮かべたが、また軍人の顔に戻った。




