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アリアドネ・コード─少女兵たちよ人類を奪還せよ─  作者: チャハーン
第2章 断絶の箱庭編

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第41話 にんげん

1週間ほどお休みします。全然書けてない


以前Twitterで「30話くらいになったら読みたい人しか残ってないはず」という言葉を見かけたのでこれから文字数が少しずつ増えてくかも

「座りなさい。本当はもっと別の場所を用意したかったが、今はここで我慢して欲しい」

「いえ、貴重な時間を割いていただいたのでそのようなことは決して」


 サラが座ると、他の三人も順に椅子に腰を下ろした。マクスウェルはゆったりとした動作で茶菓子を取り出す。リリスたちの前に一つずつ置くと、彼女たちは小さく頭を下げ、菓子を手に取る。


「緊張しなくていい。別に取り調べをするわけでもないからな」


 マクスウェルは黒い皮が輝く長椅子に腰を下ろした。アルミの脚が軋み、嫌な音を鳴らす。茶菓子を一つ手に取ると一息つき、待っていたかのように話し始めた。


「サラ大尉は何年に軍隊へ?」

「私はA.C.17からです」


「となると……もうそろそろで十年か。ではベティ軍曹とリリス一等兵は?」

「私はA.C.22からです」

「私はベティより一年遅い、A.C.23です」


 マクスウェルは部下の苦労を労るように物腰柔らかな表情を浮かべた。手元の茶を上品に飲み、茶菓子を口に含む。

 窓から差し込む光が彼の輪郭をオレンジに鋭く縁どり、暖かさを感じさせる。


「では本題に入ろうか」


 カップがカチリと音を立てる。茶の水面に映るマクスウェルの表情は真剣そのものだ。


「防衛戦ではリリス君の突撃によりベヒーモスを倒すに至った。彼女の勇姿は私も見届けていたが、その裏にはとても我々の科学力では説明出来ないものがある」


 空気が変わった。

 リリスは咄嗟に俯き、マクスウェルから視線を逸らした。瞬きが早くなり、心臓の鼓動も高まる。予想外のことだったので緊張で手汗が滲む。

 マクスウェルは指を組み、その上に顎を乗せた。穏やかな笑みを浮かべているが、瞳の奥の光はリリスを逃さずに捉えている。


「説明できないもの……ですか」


 サラが極めて冷静なトーンでオウム返しする。リリスの動揺を覆い隠すようにベティも続けた。


「しかし閣下、リリスがベヒーモスに勝てたのは、彼女の実力がそれを上回った。ただそれだけのことです」


「隠そうとしなくていい。私はこの目で見たのだから、時間の問題だよ。エレン君が持つ、謎の力を」


 マクスウェルはそう言うと視線をエレンに向けた。

 エレンは言葉に詰まる。あの時のことを思い出して生唾を飲み込んだ。


「彼女があの時に放った特殊能力、それは大型のネクストルムの動きを一時的にとはいえ止めた。紛れもない事実だ」


 リリスの脳裏に一滴の黒いインクが垂らされ、透明な水面に淡く広がる。解剖や実験といった単語が侵食していった。サラは目配せをするとリリスを庇うように、毅然とした態度で切り込んだ。


「閣下、エレンは兵士ではありません。ただの……一般人です」

「焦らないでくれサラ大尉、何も私はエレン君を解剖しようってわけじゃない」


 一瞬リリスが安堵する。


「しかし一般人……ねぇ。君たちには話してもいいと思うが」

「た……閣下、一つ質問があります」

「許可する」

「エレンは、エレンは一体何者なのでしょうか」


 マクスウェルの穏やかな表情が一転して険しいものに変わる。以前からリリスはエレンが何者かなのかを知らなかった。ベティも、サラも同様だ。救世主になるかもしれない人物、以降の情報を何も知らなかった。

 戦いを経てネクストルムの動きを止める能力を持ったと判明したが、その正体と生い立ちについてはまだわからないところがほとんどだ。


「聞きたいか」

「はい」

「そうだな……君たちはおよそ二ヶ月半をエレン君と共に過ごした。これからも共に過ごすだろうが、彼女のことを何も知らずにいてはこれ以上親しくなるのが難しいかもしれない。すなわち……知る権利がある」


 マクスウェルは立ち上がると、書斎から一枚の書類を取り出した。そこにはエレンの写真と、地図や切り抜かれた記事がまるでスクラップブックのように仕立てあげられていた。


「君たちはV3を聞いたことがあるか?」


 リリスたちは顔を見合わせる。首を傾げ、様々な記憶を辿ったがそんな単語は聞いたことがない。


「私もまだ詳しくはわからないが、恐らくエレン君は、彼女自身が持つ能力をV3から狙われていた。当然、救世主になりうる人物を謎の組織に奪われる訳にはいかない。そこで、エレンが住む外縁居住区からセクターまでの護送をハウンド・ドッグが担当した」


 ハウンド・ドッグの名前が脳に入るやいなや、リリスの記憶がフラッシュバックする。ポッドを引き裂き、無惨な肉体が現れたこと、ブーツにまとわりつくポッドの粘液、引き金を引く重み。

 そしてシオン・カトラス中尉が最期に見せた笑顔。

 あらゆる記憶がリリスに苦痛を思い出させた。


「リリス?大丈夫か」

「大丈夫……」


「続けようか。だが、途中でハウンド・ドッグはネクストルムの襲撃に遭い、壊滅した。そして獲物を捕食したキャリアーは、ある方角に向かっていた」

「ある方角?」

「ひたすら東に向かっていた」


 サラは記憶を辿った。

 エレンは北北西の外縁居住区で保護され、帰還する最中キャリアーに襲われた。そしてエレンを襲ったキャリアーはひたすら東に向かう。特に共通点が見当たらない。


「単刀直入に言うと、あのネクストルムは使役されている」

「なっ……そんな馬鹿な!」


 ベティが思わず立ち上がる。直後、頬を赤く染め、小さく謝罪をして座り直した。

 リリスとサラも信じられないという表情だ。


「これも全てV3が仕掛けたことだ。そしてこのことからV3の拠点は北東、あるいは東にあると予測される」

「ネクストルムを……あの化け物を……人間がコントロールしているんですか」


 ベティは小刻みに震えている。それもそのはずだ、これまで自分が戦ってきた相手は、同じ人間によってコントロールされていたかもしれないと考えると、今までの彼女の戦いと犠牲を根底から侮辱するようなものだった。

 マクスウェルはベティの動揺を咎めることなく、言葉を続ける。


「にわかには信じ難いだろうが、エレン君。君を狙う者が壁の向こうにいる……いや、あるいはもう、セクターに内通者がいるかもしれない」


 エレンは怯えたように声を漏らす。背筋がピンと張り、リリスの制服の裾をぎゅっと握った。リリスはそっとエレンの手を握る。エレンの指は氷のように冷たく、小刻みに震えていた。


「閣下、それが先程演説で仰っていた外の世界の調査と、新しい可能性への真意なのでしょうか」

「察しがいいな大尉は。流石アリアドネの智将といったところだ。防戦一方のままでは、いずれV3という癌がセクターを内側から食い破ってしまうだろう。だからこそ、私は最高司令官の権限を以て、これを叩き潰す」


 珍しくマクスウェルの声が荒ぶっていた。

 マクスウェルから明かされた怒涛の真実の数々、どれもリリスが知り得なかった情報ばかりで、まだ処理がおいついていない。しかし結局、軍がエレンを利用するという事実だけは揺らがなかった。


「そして近い内に我々はV3の拠点を叩くつもりだ……おっと、お茶が切れてしまったようだ。リリス、少しこっちに来て淹れるのを手伝ってくれないか」

「はい、ただいま」


 リリスはマクスウェルに連れられソファーから立ち上がる。マクスウェルが入った場所は給湯室でもキッチンでもなく、彼がそれまで大佐の座についている間使っていた士官室だった。

 壁には勲章やトロフィーが並べられ、棚には古い表紙の本がぎっしりと詰まっている。しかし壁の半分は完全に空いており、書斎をここから今リリスたちがいた場所へ移しているのだろうとリリスは直感した。


「座りなさい、リリス」

「は、はい……」


「ドアを閉めてくれ。大事な話をしよう」

V3とは……?!

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