第37話 回復
前書き・後書きのネタも少なくなってきた
第九セクターの攻防戦から二ヶ月が経過した頃だ。既にセクターの壁はほとんど修復され、今では普段通りの生活を取り戻していた。
リリスも誕生日を迎え、二十一年と一日目を過ごしている。
「はい、今行きまーす」
ブザーの音が響き渡ると、リリスはソファから飛び起きる。軍から支給されたジャケットを軽く羽織り、足早に玄関へ向かった。ベティは任務に、サラは上官の接待に、そしてエレンは買い出しで席を外している。
リリス一人の宿舎はあまりにも広く静かだった。
「アリアドネ第四分隊のリリス・ノワール一等兵です。用件をどうぞ」
『第一特殊挺身隊パエトーン小隊長、エリヤ・カレリン少佐。それとカレン・ボルテックス准尉だ』
「……!パエトーン」
声と名前を聞いてリリスはゲートのロックを解除した。
外では鉄の柵が動く音に混ざって、革靴の足音が聞こえる。久々に会うパエトーンに、リリスは期待を膨らませた。カレンを軍病院に見送って以降、彼女らとは会っていない。
「久しぶりじゃん」
「見ての通り、今日は退院を知らせに来た」
「幸いにも二ヶ月で退院出来ましたわ!」
カレンは腹に大きな傷跡を残しながらも、普段通りの爛漫さを取り戻し振舞っていた。下半身のみリグを着用し、転ばないようにサポートしているようだ。リリスは安堵の笑みを浮かべる。
「それで、挨拶も済んだことだしこのあとはどうするの?」
「中に入っても?」
「どうぞ。私以外いないけどゆっくりしていって」
リリスに招かれるまま二人が中に入る。カレンは興味津々そうに装飾を眺め、エリヤの腕にしがみつきながら歩く。
リグの駆動音が広い虚空に響いては消えた。
「それで、何か話すことあるの?」
横長のソファーに腰掛けたリリスは開口一番エリヤに聞いた。エリヤは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐ普段通りの冷静さを取り戻し、口を開く。
「……今までの非礼を詫びたい」
「そう」
リリスは素っ気なく言うと、左の手のひらに頬をついた。目を細め2人を見る。カレンはリリスが放つ圧から逃れるように目を逸らした。
エリヤは深呼吸をするとズボンを握りしめる。彼女もまたリリスの圧から逃れたがっていたようだ。
「我々パエトーンがアリアドネ諸君にしてきた無礼の数々。今更ながら全面的に取り消させてもらえないだろうか」
「どうして急に?」
「……我々は権威を盾に尊大な態度を取ってきた。自分たちこそが一番、最高の兵士だと。だが、アリアドネたちとの合同任務を経て、考えが変わった」
リリスは目を閉じて小さくため息をつく。少し前のことを思い出して眉間に皺を寄せる。脳裏にはこの場にいない二人の顔が浮かんだ。
屈辱を受けさせられたのをリリスは未だ覚えている。快楽と尊厳の等価交換はまだ経験の浅いリリスにとって忘れ難い出来事だった。
「カレンはどう思う?」
リリスが尋ねると一瞬カレンの肩が震えた。喉を詰まらせたかのようにくちをごもつかせたが、すぐに意を決した表情を浮かべる。
開口一番が謝罪でなければ追い返してやろう、とリリスは頭の中で浮かべていた。
「……リリス様の言う通り、私たちは本当に酷いことをしてしまいましたわ。アリアドネの皆様を、まるで都合のいい駒かのように弄んで……」
カレンはそこまで言うと、リグの力を借りながら立ち上がる。
「でも、あの場所で私を救ってくれたのは紛れもない皆さんです。あの時皆さんがいなければ私はこうして話をすることさえ叶わなかった……本当に、申し訳ありませんでした、そしてありがとうございました」
深々と頭を下げるカレンの姿を、リリスは頬杖をついたまま冷徹とも取れる視線で見つめる。
「まぁ頭を上げなよ、病み上がりにそんな下げられちゃこっちが申し訳なくなる」
脳裏に蘇るのはかつて受けた屈辱の数々。自分一人なら我慢出来るが、ベティやサラ、そしてエレンへ味わわせた苦渋。とても「ごめんなさい」の一言で済ませられるほどリリスの尊厳は軽くなかった。
しかし同時に、リリスは二人の姿に変化と成長を感じていた。
アリアドネたちのように骨身を、命を削って戦っている間、自分たちは特権階級に甘え、顎の骨を削っているような傲慢な兵士だったが、今では一等兵である自分を前に、真っ直ぐ誠意を込めて頭を下げている。
その事実が、第九セクター攻防戦を経て彼女らの世界が確実に変わったことを物語っていた。
「エリヤもさ、そんなにズボン握りしめないでよ。シワだらけになると面倒だよ」
リリスの反応に驚いたのかエリヤが顔を上げる。彼女の表情に完全な許しは感じられない。しかし以前ほどの拒絶の色は消えていた。
「言っておくけど、私がいいよと言ったからってベティたちも許したわけじゃないから。特にあの二人がいない時に来たのは運がいいのかね。サラだったら説教じゃ済まないよ」
少しだけ口角を上げて意地汚そうに笑って続ける。
「あの日一緒に戦ったことまで嘘とは思わない。あんたたちの誠意は伝わった。だから……カレンが生きててよかった」
視線を二人に戻すとリリスは少しだけ、いつも通りの声色を取り戻した。
「せっかくなんだからお茶でも飲んでく?エレンほど美味しくは淹れられないけど、まぁある程度の味は保証するよ」
次回、あの男に関する話が──!




