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アリアドネ・コード─少女兵たちよ人類を奪還せよ─  作者: チャハーン
第2章 断絶の箱庭編

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第34話 朝の形

あれ、何書こうとしたっけ

(……あぁ、めっちゃ気持ちよかったな)


 カーテンの隙間から差し込む朝の光がリリスの瞼を優しく叩く。全身を包み込むシーツの柔らかさと、体の芯に残る熱を感じる。

 眠い目を擦ると、昨夜の光景が濁流のように押し寄せてきた。リリスは跳ね起きようとしたが、腰に回されたエレンの細い腕によって阻止された。


 隣ではエレンが静かな寝息を立てながら眠っている。リリスはふと自分のうなじに触れ、顔を赤く染める。リリスは昨夜のことを思い出し、枕に顔を埋めた。あそこまで骨抜きにされるとは思わなかった。


(私、あんなに……それよりエレンって十八だよね……どこであんなことを覚えて──)


 ふと、サイドテーブルに目を向けた。昨晩ベティからの頂き物が役目を終えて寂しく置かれている。これを使ったかどうかの記憶も曖昧だ。リリスは自分のこめかみを軽く叩く。


「ん……リリス?」


 腕の中の温もりが脈動し、エレンがゆっくりと目を開ける。朝の光を浴びた彼女の瞳は、いつものような純粋な輝きを取り戻していた。


「おはようございます……まだ眠いんですか?」


 エレンが目を擦りながらリリスの胸元に顔を寄せる。あまりの無防備さに、リリスは朝から心臓が跳ねるのを感じた。


「お、おはよう……いい朝だね」

「……そうですね、いつもよりずっといい朝な気がします」


 エレンは夢見心地な声で囁く。腕の力を緩める所か、更にリリスの体に顔を埋めた。シーツ越しに体温が伝わる。


「ちょ、ちょっと……そろそろ起きないと点呼に遅れちゃう。それにベティが向こうで待ってるかもしれないからさ」

「ふふ、そうですね。今頃寝不足かもしれませんよ?」


 エレンはクスクス笑いながらシャツを着た。背中は白く、シャツと見間違うほどだ。リリスはその背中を見て思わず息を呑む。

 リリスもシャツのボタンを留めるが、指が震え上手く入らない。ようやくつけ終わったかと思うと、位置がズレていた。


「はぁ……日曜日は気持ちがいいね」

「そうですね。訓練もないので、久々にどこか行きませんか?」

「エレンはセクターで行ってないところ、他に何があったっけ」

「付近は大体回りましたが、まだ一以内には行ってないですね」

「あー……そこは私もアクセス出来ないからパス。急に少佐とかにでもなれば話は変わるけどね」


 リリスは肩をすくめる。

 セクター二よりも内側は軍の高官や貴族が住む場所だ。リリスのような下士官や、一般市民のエレンが入るには厳しい検問を通り抜けなければならない。仮に問題なく通れたとしても、中に観光地のようなものは特にないだろう。


「五から七までなら見どころがたくさんあるだろうし、そこら辺でなんか気になるのあったら言ってよ。車で連れてってあげる」

「車持ってるんですか?」

「一応、ね。使い道無かったから倉庫でホコリ被ってるけど」


 リリスは鏡を覗き込み、乱れた髪を軽く手ぐしで溶いた。鏡に映っていた自分の顔は、案の定今まで以上に緩んでいる。心の底で様々な思いを張り巡らしながらまつ毛を触った。


「十一月ももう終わりかぁ……」

「早いですよね。時間が経つのって」

「今でも思う。エレンと会ったのがまるで昨日のことみたいだよ」

「もう……」


 エレンは上着を着ると部屋から出る。ドアを開けると、リリスの予想通りベティが眠い顔をしながら立っていた。ベティは洗面所へ向かうエレンに「おはよう」と短く言うと、リリスの部屋に入る。


「おはよう」

「ん、からかいに来たの?」

「そんなまさか。ただちょっと忘れ物をね」

「ああ、そういうこと」


 ベティは昨日まで自分が使っていた棚を開ける。リリスはまたベティが破廉恥な道具を取り出し「感想待ってるよ」と言うかと身構えていた。しかしベティが取り出したものを見た途端、リリスの喉で言葉が固まる。

 空気が変わった。リリスは掠れた声で聞く。


「……それ」


 ドッグタグと一輪の押し花だ。ベティの横顔からは、先程までのふざけた表情は完全に消え去っていた。彼女は懐かしむように認識票の文字を指でなぞる。そこには今はもういない人の、名前と識別番号番号が刻まれていた。

 ミラ・ディアス、階級は少尉。かつて第四分隊の分隊長だった人だ。


「今日、一周忌だったんだ」


 ベティは小さく頷いた。

 リリスはこの時思い出す。最近平和だったので忘れていたが、彼女たちは今戦争をしている。昨日まで寝食を共にしていた戦友が次の日にはロッカーの名札ごと消えることも珍しいことではない。

 自分より遥かに強い第一分隊も、時間をかけて一人、また一人と姿を消していった。


「ミラ隊長、天国でも楽しくやってるかな」

「どうだろうね。他の仲間たちと仲良くしてるといいけど」


 ベティはそう言って道具をポケットの中にしまった。まるで割れ物を扱うように丁寧に。

 リリスは窓の外を見る。差し込む朝日は眩しいほど明るい。ベティの顔に陰を作っているように見え、リリスは目を逸らした。


「……それ持ってるとさ、気分悪くならない?」

「さぁね。まぁそうかもしれないけど」

「じゃあなんで持ってるのさ」

「忘れないため……?でもそういう綺麗事で済ませるものではないんだよなぁ」


 ベティはすぐ普段の調子に戻り軽く肩をすくめる。

 しかしその瞳の奥には、リリスでさえも踏み込めない暗闇があった。


「なんというか、形だけのこれを持ってると『ああ、終わったんだ』って気分になる。そうじゃないと……いつまでも取り残されるような気分というか」

「形だけ残って中身が無いのは悲しいなぁ」


 リリスは脳裏にエレンの顔が浮かぶ。柔らかい髪の感触、肌の温もり、自分を呼ぶ声。それらがもし、手のひらに収まる鉄のプレートになってしまったら。

 心臓が凍ってしまいそうだった。


「またエレンのこと考えてる」

「なっ、何を!」

「でもねリリス」


 ベティは棚の扉を静かに閉める。その音が妙に耳の奥に残った。そしてこの話の終わりを告げるような音色のようにも聞こえた。


「形だけでも残ってるのがマシ、って思える日が来るかもしれない」


 ベティは背中を向けて歩き出した。


「忘れ物も持ったし、私は行くわ。あんたもあまりエレンを甘やかしすぎないようにね。執着は毒になるとかなんとかだし」


 リリスは背中を見送ることしか出来なかった。ベティが放った「毒」という単語が胸騒ぎを起こす。まるで不吉な予言のように心の中に沈んでいった。

ベティとサラは別に仲がいいわけではない

そもそも第一分隊と第四分隊は本来あまり会うことがなかったから

エレンの護衛以降同じ屋根の下で過ごしてるけど、リリスのように親しいわけではない

あくまでビジネスパートナー

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