第33話 変わらぬ日常
祝!第2章開幕
「え?私がエレンとベッドを交換?なんでまた」
秋が過ぎて肌寒くなってきた頃、風呂上がりのリリスはエレンとベッドを交換するよう頼んだ。ベティは使い慣れたベッドを手放すのが嫌だったので、リリスに理由を聞いた。しかし彼女はそっぽを向いてはぐらかす。
ベティは顔をしかめ、何度も理由を尋ねる。
「いや……別に、特に深い理由はないよ……エレンがそう頼んだ、から?」
「なんで疑問形なのさ。エレンが頼んだの?それとも普通にリリスが望んでること?」
「両方……?」
「これはこれは、悲しくなっちゃうね。三年間も同じ部屋で過ごしたのに、ちょーっと意中の相手が現れたらすぐ鞍替えしようとする」
「はっ?それどういう意味!」
リリスが突っかかる。今度はベティがはぐらかした。
「エレンが使ってる部屋ってどこだっけ?」
「確か、ミラ少尉とエレーナ軍曹の部屋だったはず」
「あんたがそっちの部屋に行けばいいじゃん、空きはあるんでしょ」
「そういう問題じゃなくて!」
ベティは少し考える。そしてニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべるとリリスの顔を覗き込んだ。
「あーわかったわかった、そういうことね?エレンの隣はサラの部屋でしょ?あいつ聴力がすごいからさ……つまり、あんたたちは大きな声を出しても気づかれない場所が欲しい、と」
「なっ……ちが、馬鹿じゃないの!そんなんじゃないわよ!」
リリスの顔が一気に赤くなる。動揺を隠そうと手を振るが、ベティにはお見通しのようだった。その挙動不審ぶりはベティの確信を更に深めさせる。
「嘘つけ、顔に『私は破廉恥です』って書いてあるもん。大体、今まではどこでやってたのさ?他の先輩の部屋はホコリで汚れてるし……」
「と……で」
「うん?」
「外……で」
消え入りそうな声でリリスが言う。ベティの動きがピタリと止まる。
一秒、二秒と、時間が過ぎていく。重苦しい沈黙の末、ベティは吹き出した。リリスはカッとなって肩を叩く。
「……外?」
「だから……っ!弾薬庫とか、訓練場とかだよ!どこもかしこも壁が薄いのが悪いんだって!」
逆ギレするように叫ぶリリスを見て、ベティは耐えきれずに笑い転げる。涙を拭きながらリリスの顔を見る。その顔は焼けた鉄のようだ。
「あっはははは!なにそれ、おかしい!あんた、そんなことしてたんだ!夜這い同然で外に連れ出してたってこと?!傑作、最高にロックだよ!」
「笑いすぎ!こっちは必死なんだって!」
「はっ、は……はぁ。いやぁごめんごめん、でも外でやるとエレンちゃん風邪引いちゃうよ──もしかして、この前熱出してたのって」
リリスは今にも殴りかかりそうな勢いだ。
流石にベティも言うのを止める。
「そこまで言うなら譲ってあげるよ。付き合いに免じてね」
「本当……?ありがとうベティ」
「いいって、でも恩に着てよね。私、サラの隣で寝なきゃいけないから」
リリスは小さく頷く。
「あ、そうだ。これあげるよ。私はもう使わないからさ」
ベティは棚の奥からピンク色の道具を取り出し、リリスの手に握らせた。リリスは固まった。兵士としての教養、そして思春期の頃に見聞きした知識として、それが何に使うのかはおおよそ予想が着いた。だが実物を見るのは初めてで、なぜベティが持っているのかもわからなかった。
「何……これ?」
「見ればわかるでしょ?記念すべき『屋内での初陣』の装備だよ」
「は、はぁ……?!なんであんたがこんなの持ってるの!」
動揺のあまり、リリスの声が裏返る。規律に厳しい軍の宿舎にこのような破廉恥なものを持ち込むのは前代未聞だった。
「輸送の人に頼めばさ、持ってきてくれるよ。リリスも頼りなよ。なんでも手に入るよ」
ベティは悪びれる様子もなく、道具の一つをリリスの手の中に押し込んだ。
「ひゃうっ?!」
突然、リリスの手の中で道具がブーッと小刻みに震え出した。予期せぬ衝撃にリリスは素っ頓狂な声を出し、手から道具を離した。地面に落ちたそれは尚も振動し這い回る。
「リリス、あんたって最高だよ。野外ではやるくせに、道具は使ってないの、本当に野生って感じだね!」
「う、うるさい!それより止めてよこれ!」
リリスは床で不気味に振動する物体を見て萎縮した。ベティは腹を抱えながらスイッチを切った。
「はいはいおしまい、リリスこういうの知らないんだね」
「知るわけないでしょ!大体そんなの必要ないし……手があるから」
「へぇ……リリスの手ってそんなにすごいんだ」
「ああそうだよ、この手はベティをぶっ飛ばすためにある」
リリスは激しく地団駄を踏んだ。ベティはそんな彼女を見て、満足そうに笑う。持っていた道具一式をリリスのポケットに突っ込んだ。
「明日、感想待ってるから」
「いらないってば!……って」
「お、噂をすれば……じゃ、楽しんで!」
ベティは素早く荷物をまとめ、足早に部屋を出た。すれ違いざまに廊下で「エレンちゃん、リリスが待ってるよ」という声が聞こえた。リリスは一瞬拳を握りしめたが、すぐ解いた。
扉がゆっくり開く。向こうには少し緊張した面持ちで、ポカポカとした髪に温かい髪をした風呂上がりのエレンが立っていた。
「リリスさん?さっきベティさんに気合いが入ってるって聞いたんですけど……」
「……」
リリスは返事が出来なかった。顔を合わせるのすらも難しい。ポケットの中には、先程ベティから手渡された道具の感触が、まるで時限爆弾のように重く感じられた。
「べ、ベティの言うことは間に受けなくていいよ。あいつ、見た目通り口から出まかせばっかりだから」
リリスは精一杯の虚勢を張る。熱くなった顔を見せないように窓を見る。既に日が暮れ、街の光が遠くに見える。外の景色を見ようにも、エレンのことを考えると心臓の鼓動が早まる。
エレンの髪からは、基地で使っているシャンプーとは違う、柔らかい柑橘系のような香りが漂ってくる。
「そうですか?でも……リリスさん顔が赤いですよ。緊張、してるんですか?」
エレンが心配そうに手を伸ばす。額に手が触れると、リリスは情けない声を漏らした。リリスは身振り手振りで誤魔化そうとしたが、その拍子にポケットの中に入っていた道具がぶつかる。
硬い音が部屋の中に響き、エレンは視線を落とした。
「今の音は?」
「さ、さぁ……?新型の爆弾がポケットに入っていたのかもね」
リリスは出来る限り視線を合わせないように言った。彼女の脳内では常に警報が鳴り響いている。ベヒーモスの大群に囲まれる時よりもずっと、窮地に立たされていた。
エレンはリリスの言う爆弾に興味を示した。
「爆弾?見てもいいですか?」
「だ、ダメだよ!これはまだ試作だから下手に触ると……爆発する!」
リリスは部屋を飛び出すと、キッチンに飛び込んで蛇口を捻る。水が流れ、お湯に変わるのを待った。温かい水で顔を洗う。心臓の音が大きすぎる。ベティが渡した道具が、これほどまでにも凶悪な働きをするとは、彼女自身も想定していなかっただろう。
(落ち着けリリス……お前は戦車も破壊するベヒーモスと正面から戦って勝った。それに比べたらこの程度、余裕!)
濡れた顔をタオルで丁寧に拭いてからリリスは部屋に戻った。
しかし扉を開けた瞬間、リリスの思考は再び停止した。
「……え」
部屋の明かりが消され、最小限の間接照明だけがついていた。薄暗いオレンジ色の光がぼんやりと部屋を包み込む中、エレンはベッドにちょこんと座っていた。照明と相まって、火照った肌が柔らかそうに浮かび上がっていた。
リリスは唾を飲み込んだ。
「……暗い方が落ち着くかなって。リリスさん、こっちに座ってくれますか?」
エレンはシーツをポンポンと、優しく叩く。リリスは誘われるがままにぎこちない動きで前に立つ。ゼンマイじかけのような滑稽な動きを見せると、エレンは小さく微笑む。
隣に腰を下ろすとマットレスが沈み、二人の距離がゼロになる。
肩から体温が伝わってくる。訓練場や弾薬庫の時と違い、より一層温かさを感じた。
「ポケットに入ってたもの、リリスさんが教えてくれませんか?」
「……えっと、それは……だから」
エレンが耳元で吐息のように囁く。リリスの背筋に甘い戦慄が走る。
「ベティさんはきっと……リリスさんが私を『やる』と思ってたみたいですね」
リリスの抵抗は虚しく消える。自分をカッコイイ先輩としてリードする計画は崩れさり、形をなしていなかった。
エレンの指先がポケットの中から道具を取り出し、シーツの上に置く。リリスは目を深く閉じて、エレンを待った。
エッチなことしたんですね?




