第29話 兵士
お、お腹空いた……
「何をしている、早く撃て!」
カインの怒号がスピーカー越しに響く。中戦車の主砲が至近距離から火を吹いた。砲撃は扉とベヒーモスに命中し、体液を撒き散らす。しかしベヒーモスは頑丈だ。戦車砲が掠める程度では致命傷に至らない。
ベヒーモスがこじ開けたゲートの隙間から何匹ものストライカーがなだれ込んできた。隠れていた兵士たちが一斉に引き金を引き、ストライカーに着弾する。数十年前まで戦争の主役は男だった。リグを使えなくても銃は扱える。
しかし多勢に無勢だった。
「撃て撃て撃ちまくれッ!これ以上の侵入を許すな!」
俊敏なストライカーは弾道を避け、兵士に飛びかかる。その牙はあまりにも鋭く、たったの一噛みで命をもぎ取った。リグの超人的な力の恩恵を受けていない生身の人間からすると、この狼程度の大きさの生物は危険極まりない存在だ。
たとえリグを装着していても、リリスたちほど活躍出来るわけでもない。喉笛を噛みちぎられ、噴き出した鮮血が空を舞う。
「カイン大尉!これ以上は持ちません!やはり我々では……」
ベヒーモスの巨大な腕は完全にゲートを押し開いた。
戦車の砲撃も、動き回るストライカーによって妨害されている。ここまで近づかれてはただの鉄の塊だ。
「エレン!車の中に乗れ、離れるぞ!」
マクスウェルは鋭く言う。自らも護身用の拳銃を引き抜き、既にエレンと撤退する準備を整えていた。
しかしエレンは別の方向を見ていた。広場の向こう、木造建築に衝突し動かなくなったタロス。そこには盤面をひっくり返す力を持つ兵士たちが、リリスがいる。
「……助けなきゃ」
エレンはマクスウェルの静止を振り切り、一歩を踏み出していた。
マクスウェルは少し呆れた声を出すと、ハンドルに頭を押し当てる。ブツブツと何かを呟き、エレンと自分の手を交互に見た。
瓦礫を乗り越え、無我夢中に足を動かす。慣れない走りは肺を焼いてしまいそうだった。足元には先程まで生きていた兵士たちの骸が転がっている。鮮血や薬莢、ストライカーの死骸。
血の海に足を取られそうになりがらも、必死に走った。ここで止まれば自分も死ぬ。自分に鞭を打ちながら走る。
「……ッ!」
不意に目の前の瓦礫が崩れた。一匹のストライカーが音もなくエレンの前に立つ。その牙はまだ赤く、エレンのような若い女性の血肉を欲しているように感じられる。
不気味に輝く姿を見て、エレンは金縛りにあったように動けなかった。刹那、彼女の脳内にはこれから起こりうる未来の映像が流れた。まず喉笛を切り裂かれるか、それとも顔からいかれるのか。
「危ない!!」
瞬間、エレンとストライカーが声のした方を見た。
マクスウェルが操る高級車が猛烈な速度を維持したまま滑り込んだ。見事なドリフトだ。車体はエレンの真横を通過し、立ち止まっていたストライカーを吹き飛ばす。
鈍い衝撃音と共に飛んだストライカーは壁に叩きつけられ、動かなくなる。
「はぁ……せっかくの高級車が」
マクスウェルは残念そうに言うと、エレンを見る。
「乗りなさい、リグもないのに死ぬつもりか!」
エレンは狐につままれたような顔をする。しかし急いで正気を取り戻すと立ち上がり、助手席に乗った。ドアを閉めた瞬間エンジン火を吹く。タイヤが地面を捉え、タロスに向かって急加速を始めた。エレンの体はシートに深く沈みこみ、重力加速度が彼女を襲った。
「大佐、右!右にストライカーが!」
エレンの悲鳴に近い指摘を聞いて、マクスウェルは冷静にハンドルを捌いた。瓦礫の山を避け、人を轢かないよう注意しながら走らせる。元からスラムだったとはいえ、ネクストルムの蹂躙によって街並みは酷く変わり果てていた。
「あそこだ、酷いな」
正面、砂煙の向こうにタロスが横たわっていた。車を路肩に停めると、もう一丁の拳銃を取り出しエレンに渡した。エレンは困惑した表情を見せるがすぐに頷き、銃を取って外に出た。
エレンはタロスのハッチに触れた。衝突の衝撃でドアが歪んでいるようだ。エレンはレバーを握りしめると、全身の力を使って引っ張った。
「開いて……お願い……!」
歪んだハッチが数センチだけ動いた。中からはむせ返るような硝煙の臭いがする。エレンは思わず咳き込んだが、構わず指を隙間に入れる。力任せにハッチをこじ開け、中に入った。
計器の火花がカチカチと点滅し、僅かながらの明かりしかついていない。
「リリスさん!ベティさん!」
「……あ、エレン……なの?」
奥の方から掠れた声が聞こえる。外の光が中を少しばかり照らした。中ではほとんど意識を失いながらも、カレンの傷口を抑えているエリヤの姿があった。カレンはというと、衝突の衝撃で完全に意識を失ったようだ。
「エリヤさんしっかりしてください!外に車があります。みんなを運ぶのを手伝いますから行きましょう!」
「そうか……ご苦労だった。しかし我々は見ての通り重症だ。私も会話は大丈夫だがまともに動けそうにない」
「そんな……」
エレンはふと視線を別の方へ向けた。エリヤの向こう、操縦席付近の場所、シートに深く沈みこんでいた影を見てエレンは絶句した。固定されたリリスの体は粘液と誰のものか分からない血液でどろどろに汚れている。綺麗だった銀髪は固まって髪に張り付いていた。
「嘘……こんなの」
エレンの手が震える。しかし迷っている暇はなかった。このままタロスを出て車に乗せる。それだけのことだ。
外では激しい銃声が聞こえる。
「エリヤさんはカレンさんを!私はリリスさんを連れ出します!」
「ちょ……ちょっと、私も体が動かないのに」
「仕方ないですね……じゃあ先に連れていきますね」
エレンは肩に手を回すと、よろめきながら外に出た。マクスウェルは後部座席のドアを開け待機している。補助しながらエリヤを乗せると額の汗を拭った。しかしまだ六人も残っている。
エレンは再びタロスの中に入り、カレンを運び出した。火事場の馬鹿力なのか、不思議と疲れを感じない。
「はぁ……はぁ……」
マクスウェルと協力して更に三人を運び出した。エレンの体力は限界に近かった。心拍数が上がり、呼吸も荒い。
カン、カン。
金属の足場を、タラップを踏む音が聞こえた。
「大佐、私はリリスさんを運ぶのでベティさんをお願いします」
返事がない。微かに聞こえるのは唸り声と、液体が滴る音だった。
エレンは腰のベルトに挟んだ拳銃にそっと手を伸ばした。死をすぐそこで直感した故に、彼女はむしろ冷静さを保てている。
「くっ……!」
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