第26話 不都合な道を
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「ニーナ、抑えて!」
硝煙と焦げたコンクリートの臭いが鼻を刺し、火薬の味を舌で感じられそうになった頃。戦況は一転して劣勢に切り替わっていた。
エリヤの叫び声が通信機を震わせる。火薬の炸裂音がスピーカーをだんだんと破壊しているようだった。
「わかってる……けど!」
一対五の戦況はいつの間にかひっくり返り、無数対五となっていた。
主砲と徹甲弾の集中砲火はベヒーモスの装甲を、肉を、フライパンにこびりついた焦げをタワシで落とすように削っていった。
劣勢と判断したベヒーモスは体を逸らすと、大声で叫ぶ。ガラスが割れるほどの重低音は数キロ先まで届き、自分の位置を確実に伝えた。
「くっ……化け物どもが!」
動体検知器には無数の点が表示されていた。画面は点で覆い尽くされ、赤い塊として点滅している。点の数は止まることなく増え続け、画面を見ていたエリヤの表情が曇る。
「撤退するべきよ!」
「あぁ……賛成だ」
しかし撤退をしようにも、バジリスクは大破している。追ってくる大量のストライカーたちを振り切る走力はない。運転手も戦闘で志望している。
残った車両は、離れた場所にあるタロスのみだ。
幸いなことにサラはタロスの運転が出来る。彼女を護衛し、離れた場所にあるタロスまで行ければ逃げ道は確保されたようなものだ。
「サラ、手筈どおりにね!」
「わかってるわよ!!」
気絶したアイリスを背負いながらサラが叫ぶ。目指すは数百メートル先のタロス。瓦礫の向こうで沈黙している装甲輸送車だ。ベティもリリスを背負いながら走り出す。
しかしその道は地獄に相応しい。ベヒーモスの呼び声に呼応した無数のストライカーたちが、重い荷物を背負った足の遅い二人を狙って襲いかかろうとする。建物の隙間や窓を突き破り、黒い雨のように降り注ぐ。
「させませんわ!」
カレンが弾幕を張る。機動力を失った彼女にとって、装弾数十五発の二丁拳銃で前線に出るのはあまりにも心もとない。もはや戦闘ではなく、身を削る足止めだった。
ニーナもまた歪んだ盾を使ってストライカーの攻撃から身を守る。かつて内地で蔑んでいたアリアドネを、前線では守るために戦っている。
「アイリス!もう少しだから!」
アイリスの横を通り過ぎながらエリヤが言う。もうどれくらいのストライカーの血肉を浴びたのかわからない。頼りにしていたブレードも折れ、弾丸もそれほど残っていない。
エネルギーの残量も危なかった。
「……ッ、撃っても撃っても出てくる。ネクストルムの恐ろしさは数というこを今一度思い知らされたわ」
カレンの拳銃が最後の一発を撃ち、空のマガジンがアスファルトに転がった。彼女は拳銃を投げ捨てると、折れたブレードの代わりとして持っていた軍用ナイフを取りだした。高周波も高熱も持ち合わせていないただのカーボンスチール製のナイフだ。
「はああああ!!」
カレンは文字通り泥臭い白兵戦を強いられた。飛びかかってきまストライカーの喉笛をナイフで掻き切り、死体を他のネクストルムに投げる。
パエトーンたちの状況も最悪だったが、ダウンした二人を運ぶアリアドネたちも深刻だった。タロスまであと三十メートル、だがその僅かな距離が今となっては遠い。
背後から迫るベヒーモスが腕を振る。家屋が紙のようにちぎれ、瓦礫を撒き散らす。巨大な瓦礫の波はベティたちの背中に襲いかかった。
「ったく……世話が焼ける!」
ニーナが二人を盾で庇う。瓦礫がぶつかるたびに筋肉がスパークしていくような衝撃が走る。
砂埃が晴れた先に、いよいよタロスの姿が見えた。
「ニーナ!」
「助かった!」
ベティが短く言うと、ニーナは小さく笑う。こんなにも大きな盾を持ったことはなかったが、今なら何でも出来る気がしていた。余裕などないが、彼女の行動には誇りがあった。
「サラ、ベティ!ハッチを開けて二人を放り込め!エンジンがかかるまでくらいなら……耐えてみせる!」
エリヤの鋭い指示が飛んだ。カレンとニーナは彼女を援護するように立った。二人がタロスのハッチに触れたことを確認すると、エリヤはニヤリと笑う。あと数分で離脱出来るのなら、ここでほとんどのエネルギーを使ってしまっても問題ない。
「重いわね……!あんたたち」
「内地で訓練ばっかりしてるからだ」
リリスとアイリスを寝かせると、サラは急いでタロスを起動し始める。エンジンの重低音が響き、車体が大きく揺れた。収納されていた足がゆっくりと飛び出し、近くにいたストライカーを踏み潰す。
ベティがハッチから顔を出すと、外で暴れ回っている三人に向かって叫ぶ。
「早く!みんな乗って!」
タロスが息を吹き返した。地面を踏み鳴らしながら進み出す。足は遅いが、セラム地帯を抜ければ高速機動に切り替えられる。
エリヤが背後を警戒しながらタロスのステップに飛び乗った。丁度エネルギーが底を尽き、体の力がぐっと抜ける。幸いにもベヒーモスたちとの距離はどんどん離れている。急にエンジンが停止しない限り追いつかれることはない。
「ニーナ、カレン、急ぎなさい!」
エリヤが手を伸ばす。ニーナは歪んだ盾を投げ捨てると、残った力を振り絞ってエリヤの手を掴んだ。ニーナの体重がかかり、人工筋肉の補正を受けていないエリヤの手はちぎれそうだと悲鳴をあげる。
火事場の馬鹿力でニーナを引き上げると、向き直りカレンに手を伸ばす。
彼女は勇敢にもしんがりを務め、ナイフ一本で迫り来る影を追い払い続けていた。血と泥にまみれた金色の髪を振り回し、彼女は小さく笑う。
「ふっ……なんとか間に合いましたわね!」
「流石パエトーンだ」
「帰ったらティータイムとでもいきましょう」
体がドサリと崩れ落ちる。彼女は荒い息を吐きながら遠くなっていくネクストルムたちを見据えた。やけになったのか地面を攻撃して瓦礫を飛ばしてくる。ニーナはそれを見て冷笑する。
「見てくださいあれ、悪あがきのつもりですよ」
「そうね、でも土埃が飛んでくるわ。ほら、当たったら痛いし汚れるわ」
エリヤは安堵の混ざった軽口を言う。コン、コンと石が金属に衝突し、鈍い音を立てる。ぶつかった塊は簡単に砕け、砂のように消える。ステップに腰を下ろしたカレンも笑う。汚れた髪に触れ、あーあとため息をついた。
コン、カン、ドッ、ガン。
「……うっ」
カレンの動きがふいに止まる。
何かに引き止められたかのように、自然に止まる。
「カレン?どうしたの、早く入らないと────」
エリヤはカレンを見ると絶句する。
一際新しい「赤」が広がっていく。乾きかけた赤黒を塗りつぶすように、生暖かい純粋な色が静かに染まっていた。
カレンは状況が飲み込めない表情をしている。
彼女の腹には、いつの間にか一本の鉄筋が突き刺さっていた。
「……へっ?」
うわああああ!




