第23話 哀歌
なんとかメンタル他色々を回復して執筆に専念しています
スラッシャーが着地した瞬間、リリスが引き金を引いた。シンクロニティは久々の戦闘に歓喜しているのか、勢いよく弾を吐き出す。徹甲弾が地面を、装甲を、軽々と貫き粉を撒き散らした。
分厚い装甲を持つ他のネクストルムと違い、スラッシャーは機動性を重視しているため装甲が薄い。青白い尾が次々と着弾、破裂する。もしリリスに跳弾すればそのまま命の線を断ち切ってしまうだろう。
「おらおらおら!この程度の雑魚に人類は敗北したのか?!」
ベティがプロメテウスの弾幕と罵声を浴びせる。
スラッシャーは威嚇のためか頑強な前羽を上げ、体を大きく見せた。鎌を振り上げる様子は、昆虫の蟷螂そのものだった。
「ベティ、後ろに回って腹部を狙える?私は正面から潜り込む」
「任せな。鎌にぶった切られないようにね」
二人は別々の方向に走り出す。姿勢を高くしていたリリスを、スラッシャーの複眼が捉えた。リリスと目が合い、重い体を持ち上げ彼女を追尾する。顔を狙って数発撃つが効果はない。
リリスが注意を引いている間、ベティが滑り込むように後ろに回る。重機関銃と分厚い装甲を抱えて走るため冷却フィンが叫び声をあげた。背中に冷気を感じながら建物の瓦礫を登る。
「来な、カマキリ」
距離はおよそ三メートル、お互い向き合って動かない。
スラッシャーは獲物を見つめ、第二の顎を出した。涎が垂れ、地面に半透明の跡を残す。リリスは緊張で生唾を飲み込んだ。
一度鎌が振り下ろされれば大地が裂け、斬撃が建物を切り裂く。反応が一瞬遅れれば例え強化された肉体と装甲をもってしても防げない。
沈黙、地面を踏む音だけが空に虚しく響いた。間合いを詰め、銃にエネルギーをチャージする。冷却ファンが回り始め、銃身が青く発光した。網膜のディスプレイに映し出された予測線が赤く点滅し、スラッシャーの鎌と重なる。
(ベティ……私の生死はあんたにかかってる。だから……滑らないように)
昆虫のカマキリは胸部を持てば安全と言われている。前足が届かず、羽根や足が取れる心配もないからだ。すなわちカマキリにとって安全な方法である。そして大きさを変えると、彼女ら兵士にとって胸部は安全な場所だ。
「うおおおおお!!」
リリスが地面を蹴った。背中のスラスターが赤い炎を吐き出し急加速する。視界がGで歪み、風が口の中に侵入してくる。
走り出した刹那、スラッシャーが鎌を振り下ろした。切るというより抉るような風が背中越しに伝わる。ブースターを逆噴射し、滑るように腹の下に潜り込んだ。
直撃こそ避けたものの、飛散したコンクリートが弾丸となってリリスの頬を切り裂いた。
リリスが見上げる視界は蠢く神経節で埋め尽くされていた。潤滑油代わりなのか、粘液が節々から滴る。
「捕まえた」
チャージショットはネクストルムの体を破壊していく。工場の精密機械に鉄パイプを叩きつけるような暴虐だった。火薬が炸裂する反動がリリスの肩を押し下げる。ゼロ距離で放たれた徹甲弾のお返しか、血と粘液が彼女の顔に垂れた。
暴れ馬の背中にベティが乗った。一点に重機関銃の弾を撃ち込めば、いくら頑丈な装甲だろうと崩れる。握りこぶし大の穴があくとベティは腰から手榴弾を取り出した。
ピンを抜き、レバーを手にかけた。
「リリス!爆発するぞ!」
穴の中に手榴弾を落とすと、弾かれるように背中から飛び降りた。リリスの手を引っ張り走り出す。
直後、空気を震わせる重低音がスラッシャーの体内から響いた。衝撃は体内に張り巡らされた組織を粉々に破壊し焼き切る。
「……やったか?」
「目標は沈黙、のはず」
リリスが目元を拭った。ポタポタと粘液が零れる。
リリスとベティの見事な連携により、また一体のネクストルムの命が消えた。その様子を見ていた離れた場所から見守っていたサラが駆け寄る。
「大丈夫?二人とも」
「まぁね……それよりタオルある?」
「持ってないわね。ハンカチはあるけど、ちょっと……」
サラはシルクに蝶の刺繍が入ったハンカチを取り出したが、リリスの汚れた顔とを交互に見比べて気の引ける声で続ける。
「一旦袖で拭いときましょ。固まったら面倒よ」
サラはハンカチをしまうと、自分の袖でリリスの顔を拭き始める。
頬から顎、目元から鼻、リリスはされるがままに顔を触られた。
「シンクロ率はどう?」
「今のところ安定してるね。80%以上をキープしてるよ」
「そう、それは良かったわ。」
サラは袖にべっとりと付いた血と粘液を振り払う。そして笑顔を見せると二人に背を向け、パエトーンたちがいる方向へ歩き出した。
刹那、背後で巨大な爆音が鳴り響いた。全員が音の方向へ銃口を向けた。
スラッシャーの肉体が、爆発による反応で急速に風化を始めたのだ。白く変色をし、流れ出た液体が沸騰するように泡立ち、触れたセラムごと蒸発していく。
「なんだ……酸化反応か」
リリスは安堵のため息をつく。ベティはまだ熱い銃身を肩に預けながら、溶けていく死骸の一点を見つめていた。
スラッシャーの体内から、そこには無いはずの異質な塊が転げ落ちた。煤と粘液で錆びていたが、アリアドネたちにとって何処か見覚えのある形をしている。リリスは首を傾げ、ベティもそれが何なのかよくわかっていなかった。しかしサラだけは、それの正体が朧気ながら浮かんできた。
サラが歩みを止めたのは、熱を帯びたセラムの瓦礫が湯気を立てた場所だ。足元の瓦礫に転がっていたそれを、躊躇なく拾い上げる。足元に落ちていた黒い金属の物体を手で軽く拭う。割れたレンズ部分が粘液の中から露出した。
それは使い古されたデジタルカメラだった。
背中が微かに震える。彼女が握りしめていたカメラの側面には古傷とは違う、掻きむしったような新しい傷が残されていた。
サラは空を仰いだ。白い塵が彼女の頬に落ちると、濁った雫となって輪郭を伝った。
「ベアトリス……?」
後書きをなんか凝りたい




