第22話 敗者たち
引っ越しで忙しかったです
この作品、賞にも応募したから受かるといいなと毎日思う
外では気持ちのいい風が吹いているようだ。びゅうと風を切る音が響き、白い塵を巻き上げている。狭い戦車の中に数時間籠っていると、どうしても息が苦しくなる。例えそれが鼻を刺す塩素の匂いだったとしても口いっぱいに含んで呼吸をしたくなる。
リリスは数日前のことを思い出していた。あの時もベティがそばにいて、同じように揺られ、外の景色を眺めながら戦場へと向かっていた。
「何考えてるの?」
「いやね、別に……深いことは考えてない」
「それよりさ、最近読まなくなったよね。あの本」
「本?」
「こういう待ち時間はいつもネクストルムに関連した本を読んでたじゃん。没頭するくらいにさ」
「ああ、それね。読み尽くした……は違うね。なんだろう、飽きてきたのかな」
「なにそれ」
ベティは素っ気なく言う。
リリスはカバンの中を探った。ベティの言う通り、最近のリリスは本を読まなくなった。いつもカバンの中に三冊、最低でも一冊は入っていたのだが、今は空だ。
「変わったよね。エレンと出会ってから」
「そうだね」
「口数が増えたというか、前より生き生きしてるし」
「そうだね……」
「いいことだと思うけどね。それと、この任務が終わったら私のベッド掃除しておいてね」
「そうだね……うん?」
リリスに浮かんだ疑問をかき消すように無線が繋がった。向かいのパエトーンたちからだ。サラがスイッチを押すと、ランプが赤から緑に変わる。エリヤの声が車内に響いた。
『こちらパエトーン、目標まで残り五分。詳細は現地で伝えるから、リグを装着しておくように』
「こちらアリアドネ。了解したわ」
サラが指を脊髄に置いた。
二人は首を縦に振ると、表情が切り替わった。
「さて、何日ぶりのリグだろうね?」
「十日とかそこらじゃないかしら」
「私たちずっと訓練ばっかだったもんね」
「食われないようにね」
「……縁起でもないこと言わないでよベティ」
リリスの表情が青ざめた。
苦痛を上塗りするように神経の奥に針が侵食していく。溶けだすような意識、自分が消えていくような感覚、不思議の中に包まれていった。リリスは安堵の表情を浮かべる。意識が定着していくと、目を開けた。視界がすっきりしている。
「麻薬決めた時ってこんな感じなのかな」
「やってみるといいよ。退役軍人は大体シャブ漬けらしいし」
「……私を辞めさせようとしてる?」
「ほらよくあるやつ。死んで欲しくないから辞めさせようとする的な?」
「……惚れちゃうね」
戦車が止まった。三人がバイザーを付ける。目元にバイタル正常と表示されたのを確認すると立ち上がり、武器を手に取った。
リリスたちが外に出る。冷たい空気が頬を撫でた。風と共に小さな粉がリリスの髪に落ちる。指で掴むと砕け、粉のチーズのように地面に消えていく。恐らくセラムで風化した建物の屑だろう。
「行こうか」
歩きながら振り返ると、街が爪の先くらい小さく見えた。万が一にでも車を失ったら、ここで野垂れ死ぬことが確定する。最悪の状況を想定してリリスの体が一瞬震えた。
向こうの開けた場所に四人の兵士が立っていた。パエトーンの面々だ。
「おはようパエトーン、車酔いは平気?」
「まぁね、それより……全員戦闘準備は?」
三人が縦に首を振ると、エリヤは作戦について説明を始めた。ここから半径五キロ以内に大型ネクストルムの動きを検知したようだ。反応はそれだけだが、かなり大きいと予想される。
「恐らくベヒーモス、作戦としては車両と歩兵を使うわ」
エリヤがモニターを触り、作戦の配置を決めた。彼女とカレンはタンクデサント、残りは散開しながらベヒーモスを撃破する予定だ。
アイリスとニーナが銃を確認する。目で合図すると少し距離を取って一足先に歩き始めた。
「ハワード分隊の敵討ちと行こうじゃない」
「そうね。ベティ、リリス、持ち場について。移動を開始するわ」
しばらく歩くと、ビル群が見えてきた。灰色のコンクリートは白いセラムで覆われ、滑らかな表面が陽光で輝いている。歩くたびにガラスが砕ける音と共に、地面に足跡を残す。
大地とはまた違う感触に違和感を感じながらリリスが辺りを見回していた。
ふと、エリヤが手を挙げた。
「全員止まって。あそこの建物、セラムが少しだけはだけてる場所。あそこで動きがあったわ」
双眼鏡を覗いたエリヤの言葉と共に全員が足を止める。アイリスとベティは警戒しながら銃口をビル群に向けた。四半世紀前までここは大都市だったが、今ではその面影すらない、ただの白い廃墟の街だ。
「カレン的にはどう思う?あそこに何がいるか」
「私は恐らくスラッシャーかストライカーだと思いますわ。スピッターはあんな高いところに行きませんし、飛行型なら頂上に巣を作っているはずですわ」
「流石ね。ではリリス、貴方ならどうする?」
エリヤが戦車の上から尋ねた。リリスは少し考える。リリスはスラッシャーとほとんど遭遇したことがない。しかし模擬戦ではスラッシャーの対策を幾度も講じていた。
鎌を避け、腹部に潜り込み、装甲の隙間に弾丸を撃ち込む。
「スラッシャーの場合は……懐に潜り込んで、腹に弾丸を撃ち込みます」
「その通りだな。やってみるか?」
「やってみ……え?」
エリヤが指を鳴らすと、アイリスがバズーカを構えた。照準を合わせると、迷わず引き金を引いた。放たれた榴弾が尾を引いて飛び出す。空気を引き裂き、ビルの中へ吸い込まれた。
直後、凄まじい爆発音が地面を震わせる。コンクリートとセラムの化合物が降り注ぐ中、爆炎の中で影が動いた。
「やはりスラッシャーね……」
「くそっ、正気?近くにベヒーモスがいるかもしれないのに!」
「私はいつでも正気よ。それに先に待ち伏せを倒した方が賢明じゃなくて?」
リリスはエリヤの言葉を最後まで聞くことなく走り出した。ベティも機関銃を構えて並走する。煙が晴れてくると、スラッシャーが強力な脚を建物の壁に突き刺しながら降りてくるのが確認できた。
「ベティ!動きを止めといて!」
「了解、気をつけて」
「バカの尻拭いをするよ!」
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