三章 らのべは、つごうが、いいもの
三章
「まず、どうしたいかを今度は詳しく教えて欲しい。」
俺達はカフェ『ブルーマウンテン』にやってきて俺はコーヒーを、奏多はオレンジジュースを飲んでいた。このカフェは朝早くには人はそうそういない事をよく通うおれは知っている。そしてここのマスターが信頼における人ということは誰よりも知っていた。
「僕は事務所の方々と話をつけてもう一度アイドルとしてテレビに出たいです。待ってくれているファンのため、もう一度出るべきだと思ったんです。」
奏多の言葉には覚悟が見えた。自分はファンやマネージャーたちに生かされている。そんな人達になにかを返さないといけない。逃げてしまった奏多には奏多なりの思いを持ってこの決断をしているのだ。
「だからこそちゃんとした場で話をつけて、ファンのみんなに謝って、新しくやりなおしたい…。」
「わかった、そういうことなら俺もやるべきことも絞ることができる。」
すでにことは大事だ。一筋縄でいかないことはわかりきっている。
「よし、一旦カフェを出るぞ。」
「えっ…?」
奏多の手を引っ張り無理やり外に出る。
「あ、あの…。お金とか・」
「奏多。」
「は、はい。」
奏多は不思議な顔をする。自分でももしこんな行動をされたらきっと似た行動をするだろう。しかし今はじかんがない。
「携帯電話を持っていたよな。」
「持っていますけど…。」
「今すぐGPSを切れ。恐らくそれで位置を把握されている。」
俺が住んでいた田舎町でピンポイントで奏多の位置を特定できたなら間違い無い。 今日でニュースになってから一週間がたったのだ。一週間で帰ってこなかったから今日から使い始めたのだろう。
「はい、わかりました。」
奏多は自身の携帯電話を取り出しそそくさと操作をした。
「できましたけど・・そんな事よりお金いいんですか?」
あわてた口調で質問してくる。そんな奏多の手えお握り再びカフェの中に戻る。
「一体どういうことか教えてくれませんか?僕にはさっぱりで・・。」
俺はカウンターに行きそこで働いている人に向け
「ちょっと深い事情があるんだ。力を貸して欲しい。母さん。」
こう言った。
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「うーん、お母さんも暇じゃ無いんだけどなぁ。」
「仕方ないだろ、ここしか逃げ込めそうな場所はなかったんだ。」
カフェの二階、俺の親が二人で暮らしている場所に連れて行ってもらった。そう、このカフェは俺の母 安穏 花が経営しているのだ。ここのカフェの野菜は俺と叔父の畑から仕入れている。だから俺が寄った時にはいつもコーヒーを無料にしてもらっているのだ。
「まいいいわ、あの輝がお嫁さんを連れてくるなんて…ね。」
「お、お、お嫁さんって…!?」
「はぁ…。母さん、わかってるんだろ。今はあんまり時間が無いんだ。」
「はいはい、わかりましたよ。」
驚く奏多を横に俺たちはクローゼットへ向かう。
「きっとここの服なら奏多ちゃんに合うと思うわ。輝のお下がりよ。きっとこれなら目立たないじゃないかしら。」
「ありがとうございますっ。」
慌てたように奏多がそう言う。奏多に貸す服は俺が中学の時着ていた私服だ。目立たないグレーのスエットに黒のズボン。
「スカートじゃないんですか・・。僕、ズボンなんて久しぶりですよ。」
「ズボンなら少しは本人とはわかりづらいだろう。それに今から山を越えないといけないからな。」
「山ですか…。」
そう今から山を越えなければならないのだ。
「カフェを出るときにGPSを切ったから恐らく追ってくる奴らはここから近い駅への道を疑うだろう。だからこそ俺が住んでいる家に近い駅を使おうと思う。このカフェの裏口から出て山を越えて真っ直ぐ向かえば俺の家がある辺りに出るんだ。」
ここらのことは昔から住んでいる俺はよく知っていた。子供の頃に山にこもって帰りが遅くなることもよくあったものだ。
「だいたい山を越えるのに三十分かかる。超えたら俺の家の近くに駅があるからそれを使って事務所に向かいたいと思う。そこでお偉いさん方とお前で話をつけるんだ。対等な立場でな。」
奏多が思うとうりの結末にするには追っ手に捕まってしまってはなにも言えないまま終わってしまう。だからこそ自らの足で事務所に向かうべきなのだ。
「それじゃあ俺たちは部屋を出るから着替えができたなら呼んでくれ。」
「わかりました。」
そういって俺は母を連れて部屋から出た。
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「あんたがこんな厄介ごとに手を出すなんて驚いたわよ。」
「そうか?」
俺と母は奏多の着替える部屋の前で奏多に聞こえない声で話していた。
「俺はあいつがどういう気持ちかはわからない。アイドルなんてやったことないからな。でもあいつから伝わる思いがどれほどのものかは伝わってきた。ただそれだけさ。」
「それこそあんたらしくないわ。何かもっと深い理由があるんじゃないの?」
「さあな。」
俺は呟く。
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「入っても大丈夫ですよ。」
そう聞こえたのは俺たちが部屋から出て三分後だった。入るとさっきまでの誰もが振り返るような華奢な格好ではなく地味な上下の奏多がいた。あの特徴的な髪は縛ってあり母の伊達眼鏡も付けていて以前までの存在感は完全に消えていた。
「なかなかズボンも似合っているじゃないか。」
「なんていうか、輝さんに言われるのあんまり嬉しくないんですが…。」
その姿に俺は安堵し、そして山を越える準備を進めた。さてここからだ。裏山を超え俺の家の近くの駅に向かう。まだ時計の短針は十と十一の間だ。俺たちは母に感謝の言葉を伝えカフェの裏口から出た。
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山に入ってから十五分くらい経った頃。俺はコーヒーを飲んだ後のいつものような感覚を覚えた。コーヒーには利尿作用がある。いつもならコーヒーを飲んだ後は用を足していたが、今日はそのまま山を越えようとしている。恥ずかしいがここはこうするしかない。
「奏多、少し用を足しても良いか。」
俺は真面目だった。自分のこともあるが恐らく奏多にこの山はつらいはずだ。山も半分程進んだなら休憩も必要だろう。
「奏多には少し休んでもらいたい。ここまで急いできたから疲れただろう。」
「え、えぇ!?いくらなんでもここでって…。」
「トイレに行く時間はない。それにこんな所なら他の人が見ることもないだろう。」
山を抜けたらすぐにでも電車に乗るつもりだった。俺の家に寄ることも考えたが奏多のためこの時間に休んでもらいなるべく早く向かった方がいいだろう
「わ、わかりました。あそこの木の陰で、その、お願いしますっ。」
遠くの木を指しながら奏多は恥ずかしがるようにそう言った。デリカシーがないことは理解している。 俺は奏多の言ったように木の陰に向かった。
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「待たせたな。」
俺は用を足し奏多のもとへ戻ってきた。恐らく五分ほど経っている。十分休めるようわざと遅くしてやった。
「いくらなんでもこういうのは…。」
「しかたないだろ。ちゃんとティッシュにゴミ袋もある。」
「そういうことじゃなくてですね!?」
「十分休めたなら行くぞ。今からなら次の次の電車には間に合わせられる。」
「わかりましたけど…。」
こうして俺たちは再び歩き出した。
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カフェから出て約三十分後、俺たちは山を越えきった。きっと今頃追っ手はカフェから近い駅までの道を探している。奏多を電車外から見えないようにすれば事務所がある都会にはばれずに行ける。しかしまだ問題は全く解決していないのだ。このまま都会に行っただけでは間違いなく捕まってしまうだろう。だからこそ俺は一人の男を味方につけるべく奏多とともに電車に乗った。
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「いやいや、こんなことで納得するのかねぇ。」
「もうお前のコメントには何も言わんかんな。」
四章も読み終えた優に対し適当な返しをした。こっからはもう余分なことは言わないようにする。
「まあまあ、ラノベだからね。都合のいい軽い話だから。」
「そういうことよ。」
物語も終盤。せいぜい楽しんでもらいたいものだ。




