9:貯めてやる
輝虎は東京に向かった織部を尾行し、面接に出向いた先を押さえていた。
そして織部の面接が終わると本人には気づかれぬよう、すかさず面接を担当した
現場監督を相手に取り引きを始めた。
先方の懸念材料が未成年者の厳しい就労規定にあることは分かっている。
だから自らも現場に帯同し、その懸念は払拭すると説き伏せた。
こうして織部は採用された訳だが、勿論、親権者代理の体で動いた輝虎の存在は、
監督者にのみ明かされた密約で成り立っており、それなりの金が動いている。
金の力は最強だ。そして大きい現場だからこそ何もかもが目立たない。
そういえば織部が実家を去った後、父、与四郎は
思い出したかのように、織部が今どこでどんな生活を始めたのかを薫に聞いた。
しかし「心配は無用」と言うだけで、薫は多くは語らない。いや、語れないのだ。
輝虎に一任した件だ。なんなら愛人の子供のことなど金輪際考えたくもない。
そんな薫の胸の内を推し量れないほど、与四郎の神経は鈍くなっていた。
だから薫の言葉を額面通りに受け取って安心している。
一方の輝虎は、道安との織部保護活動に本格的に取り組み始めたところだ。
与四郎から全幅の信頼を寄せられている輝虎だが、いつかその信頼にヒビが
入っても致し方ないと思うようになっている。
なにしろ最近の輝虎は、織部保護活動に熱を上げるあまり、ついに半年間の
休職を会社に願い出たほどだ。
思えば入社以来、有給休暇など取得したこともなく、ひたすら会社に貢献
してきた輝虎である。与四郎にとっては痛い話だが、輝虎は何のためらいも
なく、偽の診断書を提示しながら
「半年程度の休養が必要なほど体が悲鳴をあげているらしいです」と言うと、
やむなく了承された。
『こんな開放感を味わえるなんて何年ぶりだろう』
織部がくれたドリンクを飲みながら、
輝虎は久しぶりに爽快な気分で夜空を見上げていた。
「にしてもあいつは稼いで何をするつもりなんだろ」と道安が言った。
「英和学院に入りたいっぽいですね」
「東京の?」
「ええ、資料を取り寄せてますから」
「あそこって寮生活だし相当金がかかるだろ」
「3年間の費用として300万は貯めたいらしいです。
これは本人の口から聞いてます」
予想だにしなかった輝虎からの報告に、道安は豪快に笑った。
「あいつ根性あるなぁ」
「足りなければ、
私が人夫として稼いだ分を織部くんの進学費用に当てますよ」
輝虎の報告を楽しそうに聞いていた道安だが、今のセリフには違和感を覚えた。
『輝虎さんは金に困って工事現場で働くわけじゃない。織部を近くで見守って
ほしいという、俺の願いを聞き入れてくれた結果だ。だとしても、この依頼を
引き受ければ輝虎さんの肉体は酷使される。
そんな過酷な環境で労力を費やしてまで得る金が、九鬼家のためになんか
使われて良いはずがない。それに織部に資金援助なんかしても、
こちらの自己満足でしかなく、織部の意思を無視するものだ。
織部がその事実を知れば、自分の努力を誇れないことにもなる』
『いや、待てよ……』
道安はここまで思考を巡らせて、ハタと気づいてしまった。
「輝虎さん、織部へのご厚意感謝いたします」
「なんですか、あらたまって」
「いや、輝虎さんのご厚意は、そのお気持ちだけで十分ってことです。
それより輝虎さん、忘れてるでしょ」
「は?」
「織部のことは、母から一任されてるじゃないですか」
「あぁ………そういえば……」
「そうですよ。だから織部の資金のことで、
輝虎さんが自腹を切っちゃだめですよ」
「そうですね」
輝虎は道安と話していて、改めて自分の織部への入れ込みようを自覚した。
「あっそうだ。さっきの話を聞いていて、もう一つ心配事が増えました」
と道安は言った。
「何でしょう」
「織部はまだ人に噛み付きます」
「は?」
「あ、物理的にってことじゃなく、あ、そうでもないか、
ほんとに噛みついたことあるみたいだし…… ってそうじゃなく、
攻撃的な一面があるというか…」
「あぁ…はい」
「本来なら見守るべき家族があいつにはいないから」
「えぇ」
「だからもし、もう一度あいつが高校生活を始めたいなら、
俺の目となってくれる人が一人欲しいんです」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
もし少しでも「続きが気になる」と思ってくださいましたら、ページ下部にある
【☆☆☆☆☆】をタップして評価や、ブックマーク登録などをしていただけると、
今後の執筆の大きな励みになります!星1つ、応援の気持ちだけでも大変嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




