10:少女
「ということで、君は、そういう仕事に興味がありますか」
道安は、都内の喫茶店で一人の少女とテーブルを挟んで話をしていた。
この少女は丹生凛子と言う。
「時給はいくらですか」
道安と輝虎は、今は面接官である。
まずは道安が
「ある生徒の日常を気にかけ、定期的に報告してもらう仕事だ」と説明した。
これに対し、この少女が開口一番投げかけたのが、時給についてだった。
普通、面接でいきなり報酬のことを聞かれたら、嫌がる面接官も少なくないだろう。
だが道安は、金で動きそうな人物を条件の一つに挙げている。
なにも高額報酬なら身を売ってもいい、と考える人間を求めているわけではない。
報酬に見合うだけの仕事は嫌でも何でもキッチリやる。
情にほだされず、公私の境界線がはっきりしていそうな人間を探しているのだ。
といっても対象は織部と同年代の若者に限られるから、あくまで理想だが……。
『せめて金の切れ目が縁の切れ目、くらいのドライな感覚を持ち合わせた若者
であってくれれば良い。
どうせ織部が高校生である間だけの仕事なんだから』
道安は丹生の問いかけに一瞬面食らったものの
『いい度胸だ』くらいに思っていた。
それに成績もかなり優秀だという。
そんな人材にあたりをつけてくれたのは輝虎だ。
自分も育ったという養護施設などから数人をピックアップしてくれていた。
その中から何人かと面接したのだが、今日はこの少女で最後となる。
織部が希望する高校に通ってもらうのも条件の一つだから、
入試は通る必要がある。(勿論、織部の入学を前提にしての話だが)
とにかく今は受験準備のことも視野に入れ、
なるべく早めに人選する必要があった。
だから道安は極秘に帰国して、選定作業に集中している。
しかし「いくらもらえるか」との問いに、
実はどう返せばこの少女の真意が掴めるかを考えあぐねていた。
返答に窮していた道安を見かね、横から助け舟を出したのは輝虎である。
「いくら欲しいですか」
「東京都の最低賃金以下ならお断りします」
パッと道安は顔をあげた。
『この少女は、こっちが違法業者かなんかと疑っていたのか………!?』
道安は最初、この少女に対して口数が少なくて無愛想だな、
という印象を持った。別に容姿端麗である必要はないのだが、かなりの美人である
ことにも気がついていた。だが今、それはどうでもいい。
『真っ赤な口紅に、シルバーボールのぶどうみたいなイヤリング ? が、
ゆらゆらしているのが目について仕方ないが……』
この少女が、本当に客観的な事実を報告してくれるのか、問題はその一点だ。
一時間ほど前に面接した少年には、仕事への意欲は感じられた。
だが、どんな仕事か具体的に伝えたら、思わず「キモっ」と感想をもらした。
「監視なら、なんか探偵みたいでやり甲斐ありそうですけど」
「見守るだけじゃ張り合いがない?」
「いえ、なんていうか…同じ高校生ですよね。対等な立場の人を見守るなんて、
なんか……ぬるくないですか」
「確かにそうだね」
弟のような、いや、それ以上過酷な環境で育ってきた人間にしてみれば、
なんとも甘ったるい話なのだろう。
だが、こちらがどんな仕事を提供しようと、法に触れない限りこちらの自由だ。
同じく依頼される側も、嫌なら断る自由がある。
なのにその少年は探偵の真似事がしたいらしく、
急に自分のアイデアを持ち込んできた。どうやら少年は、
弟を人に危害を加えたがる小悪党か、目を離すと拐われかねない御曹司かなんか
と想定してるらしい。
『御曹司はいい線いってるな』
だけど道安は、少年の話はもうほとんど右から左に抜けていた。
『織部は人と関わらずに心を閉ざしがちだ。それが心地よいなら、それでもいい。
だけど、その閉ざした心で自分に刃を向ける恐れがある。
かつての俺も似たようなもんだった。
多感な時期だからこそ、俺はできるだけ弟の邪魔にならぬよう
見守っていきたいだけだ』
『自分のやろうとしていることは、やはり甘いのだろうか。
過保護でしかないのだろうか……』
道安が下を向いて押し黙っていると、
輝虎が指でバツを作り、テーブルの下から道安にサインを送ってきた。
「こいつは却下です」小声でそう付け加えた。
そして今、目の前にいる少女は真っ直ぐに輝虎を見つめていた。
輝虎は労基法に則った業務であることを説明したあと、
「法律の下限基準である賃金の1.5倍相当額を年俸制でお支払いします」
と言った。
「わかりました。仕事の内容も問題ないです」
丹生は即答した。だが、まだ中学生である。
輝虎の言っていることを本当に理解できているのか、道安は少し疑っている。
それに道安は、前の面接が長かったせいか、
輝虎と少女のやりとりを聞いていて、やや物足りなく感じていた。
この少女は三重県出身だそうだが、幼い頃に両親が他界したあとは、親戚に
たらい回しにされている。度々の家庭内暴力で自暴自棄になり、外でも頻繁に
暴れて手がつけられなくなったそうだ。
結局 児童養護施設に入ったのだが、そこでもうまく行かなかったらしい。
今年から東京の系列施設が受け皿となり、今は中学3年生だ。
道安は
『もう少し中学生の考えていることを聞いてみるか……』と思って口を開いた。
「今あなたは受験生になるわけだけど、通信制とか定時制は希望してますか?」
「以前は選択肢の一つでした」
「じゃぁ今は希望していない…と?」
「全日制に行ける道が開くかもしれない…んですよね……?」
隣にいた輝虎は、指で丸を作っている。それを横目で見た道安も同意した。
「では、もう少し話を詰めていきましょうか」
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