8:なんか誰か来た
織部は住み込みの土木作業員のアルバイトに応募した。今、工事現場の事務所で
面接を受けているところだ。
「苗字が違うみたいだけど、これ、親権者なの?」と現場監督は言った。
「父です」
「現住所が空欄だけど… 今までどこに住んでたの?」
「中区山手町の・・・です」
「高級住宅街じゃないか」
「住めなくなりました」
「父親がいるなら父親のとこで暮らせば………」
『って、それが無理だから住み込み希望なんだよね』と現場監督は、
履歴書を見ながら独り言のようにブツブツ言っていた。
「高校は…始まったばかりなのに中退したのかぁ」
織部は何も言わずに黙っていた。
『8ヶ月で300万貯めてやる! それで、もう一度一からやり直すんだ』
織部は心の中で叫んでいた。
「にしても16歳だしなぁ。やばいんだよね、未成年者の取り扱いは
書類も多いし条件がいろいろあってさ〜」
織部は憤慨した顔つきでプレハブの現場から外に出た。親の同意書があるのに
働かせてもらえなかったからだ。
『やっぱり横浜じゃなくて東京で探すかな…』
とぼとぼ歩き出す織部。すれ違う女性の多くが織部をアイドルかなんかを
見るような目つきで一瞬振り返りながら通り過ぎて行った。
そんな織部を輝虎が車の中から観察していた。
電子音が鳴って携帯を取り出すと、輝虎は電話に応じた。
「どんな感じですか」道安が心配そうに尋ねてくる。
「昔はねぇ…未成年でも簡単に雇ってくれたもんですけどね」
「だめでしたか…」
「そのようですね、あの足取りからすると………もう6件目ですからねぇ…
そろそろ手を打ちますか?」
「そうしてください」
「了解しました」
東京のとある大規模現場内、プレハブ宿舎
現場監督が織部が一昨日から住み始めた部屋にやってきた。
「しばらくこの兄ちゃんと同部屋だからよろしくな」と言って、
頭にタオルを巻いた輝虎を紹介した。
作業服を着ているが、既にあちこち汚れていたし、汗臭い。玄関に現れた織部は
一瞬鼻をつまもうとしたが、失礼だと気づいてすぐにやめ、輝虎に向かって軽く
会釈した。かがんだ時に輝虎の足元に目をやると、靴は泥だらけだった。
「いやぁ、二人とも背が高いから助かるわ、今日も資材の搬入では
よく頑張ってくれたもんなぁ」と現場監督は言いながら、
輝虎の背中をバンっと叩いて去って行った。
叩かれた拍子によろけた輝虎は、思わず織部に抱きつきそうになったが、
すんでのところで壁に右手を置いて体を支えた。
「君、何さんですか? 年は?」
「水無瀬織部と申します、じゅ……ぅ……六歳です」
一瞬織部は年齢をごまかそうとした。
だが嘘をついてもろくなことはない、と思い直して正直に答えることにした。
「私は山内輝虎、32歳です。
悪いな、こんなおっさんと同部屋になっちゃって」
輝虎はそう言いながら中に入ってきた。
「いえ…」
織部は部屋があるだけましだと思っていたので、個室じゃなくても
気にしていなかった。それよりこの男性が、自分を卑下するほうが気になった。
ハリのある低い声に、落ち着きがあって無駄のない所作、独特の間合いを持った
話し方も心地よい。
それに薄汚れた作業着を着ていても、どこかスタイリッシュに着こなせるほどの
肉体とセンスの持ち主だ。織部にとって輝虎は、好ましい人物に映ったようだ。
輝虎はすぐに空いてる隣の部屋に自分の荷物を置きに行き、
「普通なら個室が与えられるそうですが、
今は繁忙期で空いてる部屋が無いそうです」と言った。
「窮屈だと思いますが我慢してください」
輝虎は隣の部屋から申し訳なさそうに言った。
織部は冷蔵庫からスポーツドリンクを一本取り出すと、
輝虎に「どうぞ」と言って渡した。
織部にとっては、精一杯の歓迎の意思表示なのだろう。
織部がくれたスポーツドリンクをベンチに置き、
輝虎は工事現場の敷地内に設けられた休憩所で、道安と携帯で話していた。
「未成年だと深夜や休日は働けないし、織部くんが考えているような
稼ぎ方はできないことがわかりました」
「それでも、なんとか受け入れてくれる先があってよかった」
「織部くんが大きい工事現場に目をつけてくれたおかげですよ」
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