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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第一章

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6:一人でいい

「ミッチャンは……

 俺と血が繋がってること、あの頃から知ってたの? 」

「うん。知ってたよ」

道安は思いの外、サラっと言った。


「もう会ってるだろ? 俺の母親。薫(カオル)っていうんだけど。

 あの母親がさ〜、小学生の頃の俺に言ったんだよね、お父さんの愛人に

 子供が産まれたわよ............って」

 まるで夕飯のメニューを伝えるような気軽さでな」


道安は何てことない調子で言っているが、腹の中では暗く澱んだあの頃の気持ちが

思い出されて不快になっていた。


『やっぱりミッチャンは、はじめから俺が誰なのかを知ってたんだ……』

『何のために俺に近づいた!?

 ミッチャンも あの父親の命令で動いてたってことか?』


兄弟の父である九鬼与四郎(クキ ヨシロウ)は創業家の意向により、

財閥系経営者の娘である薫と政略結婚し、家のことは薫に任せきりである。


その薫に家を守る意思はなく、次第に拝金主義と化した二人はその共通の

価値観のみで辛うじて繋がっていた。

あの家で与四郎は、織部が誕生しても何食わぬ顔で九鬼家の主人然として暮らし、

薫は常に自分最優先で暮らすのだ。


この両親に道安は早い段階でついていけなくなった。


だからといって九鬼(クキ)家の血が流れる弟に、自分の嫌がる跡継ぎの責任を

なすりつけようなどとは微塵も思っていない。

仮に道安がそんな身勝手な考えで織部を手懐けようとしても、

織部には早々に見破られただろう。


「ミッチャンは何で埠頭にいた俺に声をかけてきたの?  あの男に頼まれたの?」

「あの男………?」

道安は一瞬誰のことかと思ったが、すぐに分かった。

「あぁ……俺達の父親のことか。あの男は関係ないよ」


「俺はさぁ お前と一つ屋根の下で育つことができなかったから、

 せめて友達になれたらって思ってたんだ。

 だからお前の居場所を父親の部下から聞き出して、お前の住むマンションに

 行ったんだよ」


「でも……」

道安は黙ってしまった。


その日、道安は織部がマンションから出てくるところを敷地内の大木の陰に隠れて

待っていた。暫くすると写真通りの子供が出てきたから、道を聞くふりでもして

気軽に近づこうとした。

だが道安は結局、出て行くことが出来なかった。


『織部は誰もがハッとするような端正な顔立ちだ。

 それは写真で見てるから知ってた。

 だがまだ小学4年生だというのに、ある種の威厳も備わっている。

 

 何より、織部は射るような目つきで俺が隠れている方角に一瞬目を向けたんだ。

 この時、俺は全てが見透かされているような衝撃を受けて、

 動けなくなってしまった......』


「でも?」

道安が黙ったままなので、織部はもう一度聞いた。

「お前を見て、気づいちゃったんだよ。

 あの時の俺は、父親の部下を平気で顎で使うような尊大さと、子供だから

 簡単に懐くだろうなんて、無神経なまでの軽薄さが備わってることをさ」


今の織部と同じ16歳の頃の道安は、自分でも気づかぬうちに、

軽蔑する両親と同じ次元で人と接していたのだ。


道安は数週間苦しんだが、やはり織部と親しくなりたくて、今度は父親の部下から

聞いていた埠頭に行ったのだ。

最初に親しくなったのはボートで生活していた師匠だったが、

おかげで織部とも親しくなれた。


だがそれも、道安が米国に留学せざるを得ず、途切れてしまった。


あの日、織部がいつものように海を眺めていると、父親の部下が近づいてきた。

織部はその男に見覚えがあった。母親が入院した時に、父親の実家に無理やり

連れて行こうと力づくで引っ張った 加藤だ。


今は心なしか加藤の足は震えているように見える。織部がまた噛み付くと

思ったのだろう。

サングラスを掛けた輝虎も、その様子を後方から見守っていた。


加藤は織部に小さな声で母親の逝去を告げた。織部は特に動ずることもなく、

加藤に言われるがまま、素直に車に乗り込んでいる。


その車が走り去ったあと、輝虎は埠頭のクリートに足を乗せながら、

国際電話をかけ始めた。

織部が大人しく病院に向かったことを道安に報告するためだ。


だが輝虎はめずらしく、報告後すぐには電話を切らなかった。

「そういえば織部くんって今、高校生ですよね? 雰囲気が大分変わりましたよ」

「へ〜ぇ 近々日本に帰るから楽しみだな。

 素直で明るい少年って感じじゃないの?」

道安はこの会話を軽くいなすつもりで、そう言った。


「笑顔は滅多に見せず、一段と凄みが増してます。容易には手懐けない、いや、

 手懐けるって発想がまず誤ってましたね」

 

これまで輝虎は、道安からの依頼事項にいつもビジネスライクで応じていた。

決して無駄話などせず、ましてや自分の感じたことなど口にしたことはない。

なのに今、織部に思いを馳せるようなことを口走っている。


『他人の輝虎さんがそんな風に織部を見守っているのだ。なのに俺は、家族は、

 織部を一人の人間として大切に思い、成長をちゃんと見守ってきただろうか』


父親をあの男呼ばわりする中に、織部の気持ちは表れている。

織部が父親を他人扱いして蔑むのは当然だと道安は思った。

『そして自分もまた、弟が誇れるような兄ではない』


道安は、織部の質問に答えようとしている内に、いろんな気持ちが蘇ってきて

話に詰まってしまった。


道安との会話からは、

知りたかった道安の本質を十分に汲み取ることができなかった。

織部は、道安を突き動かす原動力を見定めようとしていたのだ。


道安が、

異母兄としての義務感で動いているのか、

愛人の子に対する同情心で動いているのかを


『こんな猜疑心を抱えて人に振り回されるくらいなら、

 一人で生きていくほうがいい』


だから織部は切り替えて、こんな風に切り出した。

「ミッチャン」

「俺の母親の遺言って何だったと思う?  当たったら、俺 家出はあきらめるよ」

「ハズレなら、住む場所は勝手にさせてもらうし、あの男の了承も取ってもらう」


今度の質問は道安には決して答えることができないし、

この場を去るのに調度いい条件付きだ。

道安は、『ふっ』と力無く笑った。


今 織部が言っていることは、つまりこういうことだ。


“ もう俺のことは放っておいてくれ ”


道安は もうこれ以上、この家に織部を繋ぎ止めることはできないと悟った。

だから こう言った。


「降参だ、織部」


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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