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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第一章

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5:誰、こいつら

道安(ミチヤス)を目で追っていたせいで、織部もつい家の中へ入ってしまった。

道安は真っ直ぐに奥の部屋に行き、父親の正妻と何やら話し始めていた。

織部はその光景を見てハッキリと理解した。


『ミッチャンは、俺の異母兄だ』


「道安、

 帰ってくるなら先に電話くらい寄越しなさい。突然でびっくりするじゃないの」

「あはっ 悪い悪い。先週レポートの提出が終わってさ、

 少しだけ日本に居るので部屋使わせてね」


織部は廊下に突っ立ったまま聞いていた。その様子に気づいた使用人が、

「はっ すみませんっ 気の利かないことで。

 今お食事をご用意いたしますので、こちらへ」と言ってリビングへ通された。

「ここに来られてから、お給仕が行き届いておらず申し訳ないことでございます」


この使用人は織部にそう言うと、窮屈な思いをさせぬよう、

精一杯の真心で織部に応対してくれていた。


そういえば織部は、母親が一時的に話せるようになった時、

「いつも私の身体を拭いてくれたり、

 いろんな話をして私を元気づけてくれてありがとね」

と言ってくれたのを思い出した。


織部は母親が入院する病院へ何度か面会に行っている。

自分のことをあれこれ話すのが苦手な織部が、そこでは一生懸命話すのだ。

だが母親は、織部が学校で良い成績をとっても体育祭で活躍しても無関心だった。

だから進学校に合格した時は、母親が褒めるでも喜ぶでもないことを

もう当然のことと受け止めるようになっていた。


それでも面会に行けば、母親の手や足を丁寧に拭きながら、最近の出来事を

織部は熱心に話した。その気持ちが伝わったのか、

母親の正気が一時的に戻ったことがある。その時の母親は織部に感謝したあと、

手を強く握り締め、まるで今生の別れでもあるかのように

声を振り絞って言うのだ。

「私にしてくれたように、人には常に真心を以って応えていってね」


予期した通り、これが母親と話した最後になった。



しばらくすると織部の前にはたくさんの料理や果物が運ばれてきた。

ここのところまともに食事をとっていなかったので、

織部はつい食べそうになってしまった。

『だめだ、甘えちゃいけない。自分で何か買って食べなくちゃ……』


「なに遠慮してんだよ、織部」リビングにやってきた道安が言った。

「自分の家だ。遠慮なんかするな」

「……でも」

「でもじゃない、食え」

道安はそう言うと、

近くにあったフォークでブロッコリーを刺し、織部の口元に持っていった。

「これは嫌い……」

織部はぷいっと横を向いた。

道安はそれを見て大声で笑った。



道安は帰国したばかりなのに、翌日には携帯で誰かと話したり、

使用人に何かを依頼したりと忙しそうだった。

道安が手配したことの一つは、まもなく織部にも分かった。

九鬼家が懇意にしている美容師が、いきなり織部の使っている部屋に

現れたからだ。


「んまぁ、なんて美しいんでしょう!」

美容師は織部を見るなり感嘆の声をあげた。道安は心の中で同意していた。

『わかってるわかってる。美男好みなのを知ってるから、

 この男を呼び寄せたんだ』

「こいつさぁ、ちょっと髪の毛 長くてむさくるしいと思いませんか?」

道安が美容師に言うと、

「そんなこと無いわよぉワイルドでカッコいいじゃない  

 あ、でもそうねぇ……」美容師は織部の体や髪に触れながら

「あなた、いま高校生くらい?」と聞いてきた。

「......」

織部は頷くだけで、

ドレッサーの椅子から立ち上がりたい衝動を抑えていた。


「サラっサラねぇ、羨ましいわぁ」

『触るな…』織部の眉間には、心なしか皺が浮かんで見える。

「あ、でも前髪は緩いシャドウパーマをかけてみても良さそうね〜」

『シャドウって何だ?』織部の眉間の皺が深くなる。

『だから髪に触れるな』織部の頬がひきつり始めた。

道安は、織部の顔がみるみる険しくなっていくのを見ていて

吹き出しそうになっていた。


2時間後、顔が隠れがちな織部の髪型は、

風が吹かなくても美男バレバレの髪型に変えられてしまった。

そこへ、今度は父親の系列会社に所属するスタイリストが、

服や靴などを持って現れた。

「ひゃ!?」

スタイリストは織部を見るなり変な声をあげ、

来たと思ったら出て行ってしまった。

『なんだなんだっ、アイドルかなんかか!? 』とスタイリストは焦り、

乗ってきたワゴン車に戻って提案すべき商品を再検討し始めた。


「だめだ! もっとクールでスタイリッシュな商品を用意しなきゃクビになる」

「あ、パンツの丈も、もっと長いやつじゃないと似合うのが無いっ」と、

慌ててバイク便の手配も始めた。


織部はスタイリストがなかなか戻って来ないので、チャンスとばかりに

「俺、そろそろ高校行かないと」と言った。

「その体で?」

道安は織部のつま先からてっぺんを指し示しながら言った。


「ここのところ色々大変だったろう。もう忌引届を学校には出してあるよ」

 『なんだ……やること早いなぁ』

 『じゃぁ先延ばしにしてたら余計に聞きづらくなることでも聞いてみるか』

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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