46:裏の顔
与四郎の力は絶大だった。求心力のある昔ならそれでも良かった。
だが、実の子への高圧的な態度からも明らかなように、
「俺を誰だと思っているんだ」と言わんばかりの傲慢さで、
周囲が反対する施策を強行するようにもなった。こうして業績が悪化するにつれ、
与四郎の求心力も失われていった。
輝虎が距離を置いた昨年頃から様々な不満が噴出し、挙句の果ての、セクハラ問題
である。とうとう告訴され、メディアを賑わす事態へと発展していた。
そうなることを予見していた輝虎は、3月1日付で会社を辞した。
加藤をはじめ、輝虎を慕う部下数名も同時に会社を去り、輝虎の個人事業へ籍を
移している。
輝虎は副業する際、事務所を自宅にしていた。だが副業が本業になってからは
人も増えたため中央区に小さな事務所を開設した。ビルの4階だが、眺めも
さほど悪くない。
輝虎は買ってきたコーヒーを飲みながら、九鬼与四郎のセクハラ訴訟案件で、
公判手続きが停止した記事を読んでいた。
「加藤、九鬼さんは訴訟が続けられない程、重症なんですか」
「日常生活も自力では送れないそうですよ」
加藤は情報通である。最近の輝虎はもう自分で動かなくても、加藤に聞けば
ある程度の情報は押さえられるようになっていた。
「ストレスがかかり過ぎましたか…いろいろと…」
道安との連絡が途絶え、与四郎が焦燥感を募らせていたその裏で、
社内クーデターが勃発。与四郎は取締役会で代表権を剥奪されてしまう。
自身の傲慢さが招いた結果とはいえ、この失脚劇による過度なストレスから
うつ病を発症した彼は、現在入院を余儀なくされている。
「では、そろそろ私が織部くんの未成年後見人になるための手続きに
入ってもらえますか」
「はい」
与四郎が親としての務めを果たせないなら、誰かが織部の親代わりに
ならなければいけない。輝虎が与四郎の一件を知りたがったのは、
織部を守るために必要な情報だからだ。
決して与四郎を心配してのことではない。
道安が借りているマンションは、輝虎のマンションから徒歩10分程度である。
今日、輝虎は散歩がてら道安の様子を見にやってきた。
開口一番、玄関に積み上げられたダンボールを見て言った。
「そろそろ荷物、箱から出したらどうですか」
「そこにあるやつは、まんまクローゼットに入れちゃうので、ほっといて」
「そりゃほっときますよ。玄関が狭いから愚痴っただけです」
輝虎はテーブルに腰掛けると、空のビール瓶が数本、
転がってるのが気になった。『ほんとに…勉強してるのだろうか…』
輝虎は気を取り直して「織部くんですが」と言いながら、
輝虎は転がってる瓶を道安が座ってる側へ転がした。
「まだ手続きに少々時間はかかりますが、本人が同意すれば、
私が正式に、彼の親代わりを務めたいと思ってます」
「そっか…俺じゃぁ無職だし、裁判所も認めないだろうからなぁ」
「道安くんの推薦状が無いと、私も実際には務められません」
「わかった。書類は揃えてあとで持ってく」
「いえ、また取りにこちらへ伺います」
「何でよ、輝虎さん家に遊びに行ってもいいでしょ、別に」
「7月の試験が終わるまでは、断酒してください」
道安は下を向いて、空のビール瓶を輝虎のほうへ転がした。
それからしばらく二人は、その空き瓶を互いの陣地へ転がし合っていた。
織部は少しずつだが、輝虎や丹生にも以前のように話せるようになってきた。
だが道安とは1月に一度電話で話して以来、会うことも話すことも無かった。
輝虎はそれを知ってはいたが、敢えて聞いてみた。
「織部くんとは会ってますか」
「いや」
さっきまでとは打って変わり、道安は裏の顔(本来の狼の顔)を一瞬見せた。
輝虎は、織部のことを一匹狼だと思っている。だが道安のほうも、
実は一匹狼だったんだと思うようになっていた。
道安は言った。
「もうそんな頻繁に会わなくても、なんか安心できるようになってきたから」
「いい気なもんですね。
あなたが依頼してきたことで、私も丹生さんも振り回されっぱなしなんですが」
「えへへ。でも悪いことばっかりじゃなかったでしょ?
どうなんですか? 丹生さんとは」
「どうもなにも、相手は未成年です」
「確かに……」
そう言いながら、道安はこれからちょいちょいこのネタで、
輝虎をからかおうと思っていた。
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