45:ディナー
輝虎が家に帰ると、部屋に明かりがついている。
道安は自分が所有する株を売って資金を作り、輝虎の近くのマンションに
引っ越していた。だから部屋に誰かいるとすれば、それは織部だ。
「あれ、なんかいい匂いがしますね」
部屋に入ると、キッチンでスープを作っていた織部に言った。
「オニオンスープです、玉ねぎは大丈夫ですか ? 」
「はい」
織部はさっきまで着ていたスーツをソファに脱ぎ捨て、
黒のスウェット姿になっている。
「そう言えば、そのスーツ、やたらカッコよかったですけど、
自分で選んだんですか?」
「ミッチャンです」
「あぁ…なるほど。あの格好で社長に真っ当なことを言った時の姿を
道安くんにも見せたかったですね」
「真っ当なこと言っても通じませんけどね」
「いや、だいぶ、こたえたようです」
「当分は何も言ってこないことを祈ります」
「えぇ」
「ところでミッチャンは、司法試験の受験資格は得られたんですか ? 」
「予備試験に受かったか ? ってことを言ってます ? 」
「はい」
「驚きましたね、織部くんに伝えてないとは…。
2月の初旬ですよ、発表があったの」
「そうですか…。
俺、ずっと調子悪かったし期末考査もあったし…
あまりそっちには注意を向けられなくて……
じゃぁ今度ミッチャンに会ったら元気づけること言ってあげないと…」
「いえ、受かりましたよ」
「えっ!? すごいじゃないですか!」
「だから夏の司法試験に向けて、いま集中してるはずです。
ちゃんと部屋も借りて、ウチの奥の部屋からやっと出てってくれましたから」
「アハハッ そうですか ! 」
織部は本当に嬉しそうだった。
「ただ…」輝虎は少し不満のある口ぶりだった。
「ただ……?」
「サングラス、返してくれないんですよね…」
二人はまた笑った。
道安にとって輝虎のサングラスはお守りのようなものだと織部は気づいている。
だがそのことは、輝虎には内緒にしておいた。
織部は今日のお礼に、不慣れな料理を一生懸命作り、
輝虎を楽させようと考えていた。出来上がったスープはまぁまぁだが、
ハンバーグは少しだけ胡椒が多すぎたようだ。
織部は食べながら、デミグラスソースにケチャップを混ぜていた。
「何してるんですか…」
「ソースを甘くすれば、ハンバーグの胡椒を誤魔化せるかな…と」
「あはは このままで十分美味しいじゃないですか」
「…そうかなぁ…」
「あ、そういえば、丹生さんですが」
「はい」
「私の副業のほうで、本格的に事務のアルバイトをしていただくよう、
また契約を見直しました。業務で集まる調査資料の整理や、データの集約などを
これからはお願いする予定です。週3日くらいですけどね」
「へ〜え ウチの学校でバイトしてる人ってほかにいるのかなぁ…」
「たぶん丹生さんだけかもしれませんね。
でも頑張らないと化粧品が買えなくなるからって…張り切ってますよ」
「ふっ」
織部は丹生の顔を思い浮かべながら微笑んだ。
織部は食べ終わると、あまり邪魔しちゃいけないと思い、
またスーツに着替えていた。
「まさか今日は料理を作ってくれるとは思いませんでした。
ありがとうございます」
「あ…いえ..」
上着を着ながら織部は、思い出したことを口にした。
「俺…食事って、腹が空いたら勝手に一人で食べるものだと思ってたんです。
去年までは」
「去年…?」
「去年、初めて毎晩、輝虎さんと弁当を食べるようになって。なんか違うな
って思ったんです。一緒に、同じ時間に食事するのって、
なんか… いいな…って」
「……そうですね。美味しかったです」
織部は優しい目をして「それじゃ」と一度だけ振り向き、部屋を出て行った。
輝虎はまるで家族の外出を見送るかのように、
背中が見えなくなるのを待って、ゆっくりとドアを閉めた。
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