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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第三章

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42/47

42:サングラス

丹生は最初、仕事の対象としてしか織部を見ていなかった。だが次第に織部を

ただ心配しながら見守るだけになっていた。まるで友達のように。

『そうか…私…』、いつの間にか織部と友達になってた…。

だから縁を切ってもいいとかなんとか言われた時、無性に腹が立ったんだ……』


「ミナコ、織部って私の何だと思う?」

「えっ.. 恋人…には見えないね。どう見てもただの友達」

「だよね」

「でもぜんぜん顔、見せに来ないね」

「うん…元旦に一度だけ…」

あれから2週間は過ぎている。

授業のノートを道安さん経由で2回ほど貰ってはいたが、本人は現れなかった。


1月中旬、道安はもうホテルを引き払い、輝虎のマンションの

奥の部屋を占拠していた。

道安は司法試験を受けるのに必要な資格として、司法試験予備試験に

受かることをまず目指している。第2関門までは突破。今、最後の関門である

口述試験を終えたところだ。


試験会場をあとにしながら、道安は携帯で織部と話している。

「周囲を見たらさぁ…なんか強者ばっかりだった」

「でもミッチャンも周囲から、そう思われてるよ」

「そうかなぁ…輝虎さんのサングラス借りてきたからな」

サングラスを借りた。織部には何気ない一言だ。でも道安にとって

このサングラスが有るのと無いのとでは心の有りようが全く違った。

自分の身体を傷つけてまで、自分の弱い心に打ち克とうと頑張ってきたはずだ。

だが痛い思いをして肉体をいくら傷つけても、その痛さを思い出すだけでは、

この孤独な闘いを乗り切れないくらい、弱い心がたびたび顔を出してくる。

だから道安は、いつも冷静でいつも自分を正しく導いてくれる輝虎の助けが

必要だったのだ。輝虎も応援してくれている。

サングラスをかければ輝虎に変身したようだ。輝虎を象徴するこのアイテムが

道安にはお守りだったこと。これは織部にはとても恥ずかしくて

言えないことだった。


「…どうでもいいけど、何で輝虎さん家(チ)に泊まり込んでるの」

「わかるだろ? 」

「何が」

「なんか輝虎さんのそばに居たら、ご利益ありそうじゃないか」

「ふぅん……へぇ……」

織部は他力本願になってるミッチャンが段々可哀想になってきた。

「もう電話切るよ」

「あ、大事なこと言うの忘れてた。

 今週末、親父と話す時間を作ったんだ。跡継ぎの件でな」

「……そう」

「場合によっては、お前に飛び火するかもしれない…

 ってことだけ一応伝えとこうと思って」

「飛び火…かぁ いいよ。わかった」


織部はいずれ、あの男とは話さなきゃならないんだろうと何となく思っていた。

それがいつだろうと構わない。織部の考えはあの家を出た時から

何一つ変わっていない。




九鬼家

客間に通された道安は、両親と向き合って座っている。

家族会議に客間を使っているのは、そこに社長の右腕も同席しているからだ。


「予定では4年のところ、1年オーバーしてまで向こうに居ることを

 許した理由は分かってるはずだ。散々親の脛をかじってきたお前が

 いま言っていることは、親への裏切りだぞ」

「…」道安は右手の傷跡を見つめていた。

「創業家だぞ、ウチは。お前が継がないわけには行かない。

 昔もそんな話をしたことがあるな。納得したはずだろう」

「実はあの頃から全く気持ちは変わってない。俺に継ぐ意思は無い」

「もう……お前は勘当だ」

 やったぜ、自ら首を絞めるような言葉を出してきたな、と道安は思った。

「あ、それならついでに相続権も放棄したいんだけど..」

「お前!アメリカに行って変な思想にかぶれたか」

「いや、日本で考えてたことを研ぎ澄ますことに心血を注いでたって感じだけど」

与四郎は両手でテーブルを叩いた。「親を小馬鹿にするのかっ」

輝虎は業務用の携帯が鳴ったので

「社長、すみません、ちょっと席をはずします」と言った。

「駄目だ! いま重要な話をしてる最中だぞ。

 君も最近、東京支社の業績が伸びてるからって調子に乗ってやしないか !?」

「.........」

社長の怒りの矛先は輝虎に向いた。かなり乱暴な言葉で輝虎を罵倒しているが、

輝虎は一向に気にしない。

むしろその間に、黙って道安が出ていけるよう、盾になっている。


「じゃ、俺はもう行くから」

輝虎の意向を察知し、道安は小さい声でそう言うと、出て行こうとした。

「誰が行っていいと言った!」ひどい怒鳴り声だ。

道安は胸ポケットから輝虎のサングラスを取り出して掛けると、息を整えた。

そして「だって勘当なんでしょ」と言って出て行った。そのあとを追うように、

母の薫も出て行った。薫のほうは軽く道安と話したが、

本当は午後から出かけたいところがあったので、退席する機会を狙っていたのだ。


「道安、お父さんの勘当って言葉は気にしなくていいわよ、

 何か困ったことがあったら、いつでも私に言ってきなさい」

「うん、じゃぁね」

道安は振り向くことなく、無造作に靴を履いて九鬼の家を後にした。


「どいつもこいつも……。電話は終わったかい」

「あっ はい、法務関係の伝達事項だけでしたので」

「そうか......ところで君は、次男のことは知ってるな」

「はい、水無瀬さんですよね」

「妻に任せているので心配はしてなかったが、

 今、彼はどこで何をしているか、知ってるかい」

「えぇ…」

「じゃ、すまないが会いたいので、日程の調整をしてくれないか」

「新しい秘書の女性はどうなさったのです。私の後任の…」

「あぁ……… この件はやはり君のほうがいいだろう」


輝虎は知らないふりをして尋ねたが、実は社長の顔色を読もうとしただけだ。

輝虎の後任である女性秘書は、社長からのセクハラが原因で現在休職中である。

本社の上層部しか知らないはずの情報だが、秘密にしようとすればするほど

漏れやすいものだ。既に各支社の経営陣にまで知れ渡っている。

特に今回はセンシティブな事案だけに、周囲もその対応に苦慮していると聞く。

社長は公私共に大きな問題を抱えており、そのストレスは顔に如実に現れていた。


『今の社長なら織部がどんな態度で何を言おうと、織部に不利に働くことはない。

 むしろ社長が被る精神的ダメージは、これから先 ボディーブローのように

 じわじわと効いてくるだろう。』


『社長は織部のことを何も知らない。その事実を抜け抜けと言ってのけた……』

輝虎は内心、ハラワタが煮えくり返っていた。




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