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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第三章

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41/47

41:電子キー

「あれ、織部はやっぱり帰っちゃったのか…」

奥の部屋から出てきた道安は、ラウンジウェアに着替えていた。

「なんでお客様用の新しいウェアを身につけてるんですか」

「だって俺、お客様じゃないですか」

「まったく… 。織部くんは丹生さんのお見舞いに行きました」

「あいつに殴られた?......ような感じには見えませんね。良かった良かった」

「この場所はもう分かったから、今度は一人で来る って言ってました」

「……そうですかぁ......はぁ〜」

道安はしゃがみ込み、心底ホッとしたような表情を浮かべていた。

テーブルを片付けていた輝虎は、手に持っていた新聞で道安の肩を軽く叩くと、

「早く着替えて勉強してください。試験、来年はありませんよ」

「えっ そうなの!?」

「というくらいの気持ちで、臨んでください」





丹生は、一般病棟に移されていた。

織部は白い籠にピンクのガーベラがたくさん入ったアレンジメントを持って、

丹生の居る病室に現れた。

丹生は織部が来てくれるとは思っていなかったので、現れた瞬間、

両手で口を押さえてしまった。


「これ、なんとかって花らしい」

「あ、ありがとう」

「赤い花くれって店員に言ったんだけど、やめろって。 なんか知らないけど、

 一応その店員の言いなりだ、悪い…」

「織部……    なんで…その......」

「なんで見舞いに来たか……って?」

「……うん」

「見舞うの当然じゃないのか? 友達なら」

丹生は泣き出した。


「…… まだ弱ってんな…ゆっくり静養しろ。 じゃぁな」

「え、もう帰っちゃうの? じゃぁそこまでお見送りする」

「はぁ? よせよ寝てろ」

「でも、もうリハビリ始まってるから」

「…」


丹生は、赤い小さなハートがドット模様になったパジャマを着ていた。

それを見て織部は思わず言った。「それ、輝虎さんから?」

「そう! なんでわかった?」

「ミッチャンは……って…あぁ えっと…俺のバカ兄貴は、

 そんな気遣いできないだろうから」

「ふふっ ミナコも着替え用にって赤い水玉のパジャマくれたよ」

「そっか。ミナコさんは、大丈夫..?」

「うん、毎日来てくれてる。いろいろ…   もう大丈夫」

「うん」

刺した奴のことは織部も口には出さなかった。

ただ、大人達の話によると被害者同様、加害者である19歳の少年も、

かなり心理的なダメージを受けていると聞く。その辺は児童養護施設の施設長も

一生をかけてケアに関わっていく覚悟らしい。


「そういえば輝虎さん、自分でも事業を起こしたんだってな…」

「うん」

「リンシは今、そこでアルバイトしてるって聞いた」

「仕事……って言っても、何もしてないよ。

 定期的に自分の身の回りのことをメールで伝えてるだけ」

「その中に、俺も含まれてるのか…」

「………」

丹生は歩くのをやめてしまった。

横にいたはずの丹生がいないので、織部は振り返って付け加えた。

「元々バカ兄貴が頼んだ仕事の延長だ……俺も含まれてんのは分かってる。

 ゴメン、聞き方が悪かった」

「織部が謝ることなんて一つもないよ」

「見張られてるようで不愉快じゃないの?

 私は織部に内緒で、ずっとひどいことしてたんだよ…」

「…」


織部は実は、まだほとんど気持ちの整理がついていない。だから気をつけないと、

嫌味っぽく聞こえる言い方を平気でしてしまう。丹生ともっと長く一緒にいたら、

丹生をなじったり、攻撃的なセリフを吐くかもしれない。今の織部は、

些細なことで負のスパイラルに陥り、最終的には自分がいなくなればいいんだ、

という思考に囚われてしまう。それでも踏みとどまっていられるのは、

さっき輝虎から手渡された物のおかげかもしれない。


「これ、持っていてください」織部は小型の電子キーを輝虎から渡された。

「道安くんは無くす恐れがあるので、渡せません。

 なのであなたが持っていてください」

「なんで………。部屋に勝手に入ることが出来ちゃいますよね、これ」

「平日はほとんど家に居ませんから、自由に使っていただいて結構です。

 それに私は独り者です。いつ目を醒まさなくなるかも 分からない、

 その時のためにも」

「普通は、 家族が持つ物のようです」


織部は今、渡されたキーをお守りのようにポケットの中で握りながら、

気を取り直して丹生に言った。

「……なぁリンシ。……マリカとかいう変な女、知ってる?」

「え、知ってるよ、織部のファンクラブの頭じゃん」

「俺さぁ あの女に抱きつかれたことがある」

「っえー !?」


院内で大声を出した丹生は、周囲から一斉に注目を浴びてしまった。

腹部に力を入れたせいで激痛が走ったようだ。「痛っ ……」

丹生は壁にすがるようにして立ったまま、腹部を押さえていた。

織部は慌てて近寄り、丹生を抱き起こした。

「…」

『織部がモテるのは知ってる。でもそれを象徴するシーンなんて数え切れないし、

 大勢(タイセイ)に影響しない限りさほど気にも留めなかった。

 それにしても、今の話は身体に悪い…...』


「見張りってのはさぁ、そういうのも 知ってんじゃないの? 」

織部は丹生を正面から見つめてこう言った。

「つまりリンシは、バカ兄貴や輝虎さんから、見張りとか監視みたいなもんを

 頼まれたわけじゃないんだよな。だからかなぁ…ひどいことされてた、とか

 …………なんかそういう風には思えないんだよね……」


丹生は壁に手を置いたまま、織部が一生懸命に言葉を絞り出すのを聞いていた。

「…なぁ 教えてくれないか。

 ……もう俺絡みでバイト代とかもらってるわけじゃないんだし、

 金の繋がりは切れたんだ。俺との縁も切っていいはず…」

織部がそこまで言いかけると、

丹生は間 髪を入れずに反応した。「はぁ!? なに言ってんのっ!? 」

丹生は本気で怒りの表情に変わった。


「ふっ……

 ............ 安心したよ、リンシ。 俺は、その顔が見たかったんだ」

「え……!?」

「じゃぁ」織部は階段が見えたところで、手を振った。


思わず丹生も手を振った。

だが丹生は、織部の言ったことの意味がまだ十分に消化できておらず、

今ひとつしっくりこない、といった顔でお腹を押さえていた。


『つまり、織部は私を抹殺する気はない……ってこと………?』


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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