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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第三章

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40/47

40:期限付き?

丹生を刺した少年は30日未明に警察に捕まった。

施設長も自分の施設から犯罪者を出してしまったことは自分の責任だと言って、

社会的制裁は免れないことを覚悟している。

だが被害者に関しては一切が伏せられた。


医療・捜査・報道の各機関への対応、及び各機関と学校関係者との連携も

迅速におこなわれ、この事件で丹生の人権と尊厳は守られる、

輝虎がそう確信できるまで、手抜かりなく手続きを取り終えたのは大晦日だ。

目標とする年内に手続きを終えたことで、年を越してからは情報漏洩等が起きた

場合の弁護士との契約に取り掛かる予定だ。ここからは輝虎の個人事業に管轄を

移し、加藤に任せるつもりである。

保護者代理としての輝虎の仕事は一段落ついた。



ようやく自宅で休息が取れそうだ、と思った矢先、

道安が輝虎のマンションにやって来た。

「だから道安さん、ご自分の勉強に専念してください、もうすぐですよ、試験」

輝虎はそう言いながらも、ドアを開けて待っていてくれた。

エントランスのインターホンで話した時は映っていなかった織部も、

一緒に来ていたことは想定外だった。「織部くん……」

織部は軽く会釈した。

「……どうぞ、織部くんだけ」

そう言って輝虎は、道安を入れないよう背中で防御した。

「んもう、正月からそう邪険にしなくても…」


「丹生さんのお見舞いには行かれたんですか」

「昨日も一昨日も行きましたよ、俺だけはね」

「…」

輝虎はコーヒーを淹れながら、織部をちらっと見た。織部は背中を向けていて、

ブラインドの隙間から外を眺めていた。

「織部は、まだ複雑らしい………。一番心配してるくせに………」

「そうですか」


織部はコーヒーの香りがするほうに歩いてくる途中、奥のほうに目をやった。

「奥の部屋、空いてるんですか?」

「道安くんみたいなことを………」

「……え?」

道安は一人で笑っていた。

輝虎はコーヒーを出すと、何かほかに食べ物が無いか探している様子だ。

「輝虎さん、これ、みんなで食べましょう」

道安は隠し持っていた寿司を輝虎に渡した。

「お、ありがとうございます。気が利きますね。では早速いただきますか」

「お茶は無いの? ここん家(チ)」

「コンビニにどうぞ。歩いて7分程度です」

「コーヒーでいいです」



腹が満たされたあと、道安はサッサと奥の部屋に行ってしまった。

織部は今日、道安に来る途中でアドバイスされた通り、

輝虎に聞きたいことを全て聞こうと決めていた。

それで心がついていけなくなったら途中で帰れ、とタクシー代まで握らされた。


冬の午後は日差しが弱い。腰高の窓はブラインドが全て降りているし、

掃き出し窓は縦型のブラインドで、太陽がどこにあるのかも分からない。

織部の気分を反映しているような空気感だ。

分からないことだらけで、頭の中は混沌としていた。


「合格発表の頃にはもう東京にいないかも…って言ってたから、

 俺、輝虎さんはどこか遠くに行っちゃったんだって勝手に思ってました」

「東京にいてもいなくても、織部くんに身分を偽って接触した時点で、

 私の存在は期限付きです」

織部はテーブルに両肘をついていたが、思わぬ答えに、顔を上げた。


『もう…俺に会うつもりは無かったってこと…? あっそうか…そうだった………

 あの時は俺も、もうこの人とは会えないんだ って思ってた』

「隠し事のある私は、元々あなたと対等な人間としての付き合いなど、

 できないんです」


「……でも、今ここに居る輝虎さんは、一緒に働いていた時の輝虎さんのままだ」


輝虎は、織部が半グレと喧嘩した時のような、

獣のような目つきで自分を見るのだろうと思っていた。

だが今、目の前にいる織部は自分を澄んだ目で真っ直ぐに、

まるで答えを知りたがる無垢な子供のように見つめるのだ。輝虎は内心驚いた。

そして突然、頬が震えるような感覚を味わった。


自分の心が身体に思わぬ変化をもたらしたことに動揺した輝虎は、足を組み直し、

コーヒーカップの把手を握ることで、なんとか自分を支えようとした。

そして自分の身体に現れた初めての感覚を自己分析するかのように、

自分のことを話し出していた。


「私は………両親を知りません。でも同じ施設で育った子供には皆、親がいた。

 驚きでした…。自分と他の子供には決定的な違いがあったことを……。

 でも、その事実はもう覆らない。ならば、他の子供と比較しなければいい。

 両親がいないことで、よく施設に訪問に来た大人達は私に

 寂しいよな、でも頑張れ、と声をかけました。

 だけどそれは、誰とも比較しない私には無意味な声かけです。

 あそこの施設長は決して私に、寂しくても頑張れ、などとは言わなかった。

 常に私の心を自由にしてくれていた…」

織部は、輝虎が自分のことを話してる、という事実に心が揺さぶられていた。


「大人になり、生い立ちで傷つくことや不利になることもありました。

 でも生い立ちは変えられない。

 ならば、そこから先は自分で変えて行けばいい。その自由が、私の心を

 支えていたのです。……まさかここにきて、私の自由を縛りつけるような

 何か大切なもの が入り込み、それが失われるとどうなるのかを

 思い知らされるとは……」

『何か大切なもの……?』

織部は心の中で、輝虎の言葉を反復していた。


「私はあなたと、あのホテルで食事をしていた時、

 初めて寂しいという気持ちがどういうものかを知りました。

 何百冊と本を読んでも、本当のところは分からなかった気持ちを

 実感したんです」

織部はハッとした。


「輝虎さんは あの時、俺とは会えないだろう、じゃなくて、

 もう会わないって決めていた…」

輝虎は頷いた。


「でも俺はあの時、物理的な距離のことしか考えてなかった。

 俺、似たようなこと思ってた。もう会えない…って。

 だけど、きっとまた会えるってわりと気楽に考えてました。

 だって、  

 だってまだ俺の携帯には輝虎さんのアドレスも電話番号もある!」


カップの把手を握っていた輝虎の左手は、微かに揺れてしまった。

そして椅子の肘掛けに置いていた右手を額に持っていくと、

織部には決して見られないように、顔を隠す姿勢になっていた。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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