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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第三章

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39:藍色のカーテン

『みんな、あの男に動かされていた…』

織部はタクシーの中で、ずっとその事実に支配されていた。

『……輝虎さんまで……』


寮に着くと織部は部屋の明かりもつけずに、ぐったりしてベッドに腰を下ろした。

月明かりが窓越しに入ってくる。『カーテン……閉めなきゃ……』

藍色の…カーテン…。

嫌でも織部は輝虎と過ごした日々を思い出す。


 「おいっ 水無瀬、突っ立ってないで早くこっちに渡せ」

  織部は年配の作業員に怒鳴られ、慌てて足元の鉄骨を持ち上げた。

  そばに居た輝虎さんはその鉄骨を奪うと上に向かって「今、持っていきます」

  と言った。

 「織部くんに高所作業はできませんよ」

 「そんな…。このくらいどうってこと…」

 「確かにあなたなら簡単でしょう。でも雰囲気に呑まれてはいけません」

 「え?」

 「毅然として拒まなきゃいけない時 ってのも、たまにあります」


 『あのあと輝虎さんは現場監督に何かを言っていた』

 それは、翌日の朝礼に反映されているようだった。現場監督が、特に高所作業

 における法規制を全員に再認識させていたからだ。

 織部を怒鳴った昨日の作業員は「っち 昔は皆 平気で登って作業してたよな」

 と、隣の年配作業員に愚痴っていた。


輝虎さんはあの時、特に高所作業に絞って作業をしていたが、

サラリーマンが何故あんな手慣れた様子で身軽に作業を…?

俺を見張るためだけの仮の姿なら、何故あんなに現場の皆から慕われた? 

何故、あんなに生き生きと仕事ができたんだ…………

生来の詐欺師なのか…?


 「あれっ………」織部は現場から戻ると、部屋を間違えたかと思うほど、

  部屋の様子が変わっていることに気がついた。「そっか、カーテンか!!」

  藍色に染められたカーテンが、落ち着いた空間と品格を部屋に与えていた。

 「やっと見つけましたよ。遮光と遮音を兼ね備えてるので、

  勉強に集中したい時はいいかもしれません」

 「すみません…なんか高そうなカーテン…」

 「あ 遮音と言っても 現場の音がそこまで軽減できるとは思いませんけどね。

  なので耳栓もどうぞ。現場の事務所から貰ってきました」


輝虎さんはいつも俺が困ってることにすぐ気がついて、俺の考えを見抜いて、

俺の体のことを心配してくれて…。

織部は両手で髪をかきあげ、額を窓ガラスに押し付けたまま、

じっと夜空を見ていた。もう月は見えなくなっていた。

『ミッチャン…………』


『ミッチャンと話さなきゃ……」織部は道安に電話した。



道安は急いで寮までやってきた。

寮に部外者が入っても、今日はもう咎める人はいない。


「へ〜ぇ、いい部屋だなぁ」

道安はベッドに座ると、織部がいい環境で生活できていることに安堵した。

「ゴメン…突然電話して…  寝てたでしょ」

「あはは……寝られると思うか?」

『この兄は、お前に黙ってひどいことをして、お前を傷つけたのに』


「………去年、工事現場で仕事したでしょ。あれ、大人がサポートしてくれないと

 俺の身分じゃ働けなかったってこと……? 」

「まぁ厳しかったかもな…でもバイト先はほかにいくらでもあるだろ。

 別の仕事だったら、今とは関わる人間も違っただろうな」


「…そっか。あの時は、まとまった金が必要で、俺は工事現場しか頭になかった。

 だから……輝虎さんが動いてくれたのか」

「ま、そういうことだ」

「俺は…  一人で生きるんだ、なんて粋がって……所詮、戯言(タワゴト)だったんだ…」


「……ふっ 面白かったなぁ」

「え?」

「輝虎さんさぁ織部が望む資金を貯められなきゃ、自分の稼いだ分を提供する

 って言ったことがあるんだよ」

「!?」

「いや。結局お前、特待生だから。

 輝虎さんはお前の学費や生活費には一切関与してない。

 ただ、お前の意思を尊重するために最低限守るべき線 ってのがあるだろ。

 それも忘れるほど、お前のサポートに熱くなってた。それがおかしくってさ。

 普段のあの人、知ってるだろ? 常に冷静で隙がなくて..」『うん』


道安は、コートは部屋に入った途端にほっぽり投げているが、

今度は靴下を脱ぎ始め、知らない間に織部の布団に潜り込んでいる。

「でも……輝虎さんはあの男の下で働いてるんでしょ… 裏で金が動いたなら、

 その金はやっぱりあの男の…」

「……いや」

道安はきっぱり否定した。


「俺が依頼したんだから、本来、裏金も含めてウチの会社の経費として

 処理されるべきなんだが、そうなってないんだよ」

「どういうこと?」


この部屋はなんだか寒い…。道安はとうとう布団から顔だけ出して話し始めた。

「親父にいつ聞かれるか分からないし、輝虎さんに任せっきりなのも悪いから、

 自分でこのまえ調べたんだよ、身内の社員に手伝ってもらってな。

 そしたら全く経費がかかってなかった。

 輝虎さんは俺にも黙って、結局自腹を切ってたんだ。

 工事現場で働いた給料なんか、全部裏金に消えたんだろうな…」

「お前は親父の力を借りてない。

 輝虎さんはその事実を作ることしか考えていなかった」


「じゃぁ輝虎さんに借りができちゃったじゃないか」

「そう思われるのが嫌で、あの人、内緒で対処してんだよ。

 そこをどう考えるか…だな」

「輝虎さんは九鬼家の人間じゃない。なんで他人がそこまで……」

「ほんとだよな…」

道安は自分のことをふと思った。

輝虎が、どれだけ自分の心の支えになってくれているかを………。


「リンシは……誰に雇われてるの……?」

「俺だよ、8月まではな」

「じゃぁ9月以降は…」

「輝虎さんだ。彼女は俺が依頼した仕事でお金をもらっちゃいけない、

 と思うようになったってさ」

「なんだよ…それ……」

「……」道安の寝息が聞こえてきた。

織部はベッドを背に座っていたのだが、ちょっと腰を浮かして道安を見た。

もう、すっかり眠ってしまったようだ。


織部は自分の寝場所がなくなっていた。だが今日はもうどうせ眠れそうにない。

道安の寝息が聞こえ始めると、立ち上がって机に置かれた袋から缶詰を取り

出そうとした。そばにあった携帯を見ると輝虎からメールが入っていることに

気づいた。丹生の容体を伝えるメールだった。


一読したあと、織部は持っていた携帯を胸に押し当てた。

まるで祈りを捧げるかのように、そのまましばらく目を閉じていた。

ようやく目を開けると、ベッドのマットに蹴りを入れた。


『元はと言えば、このバカ兄貴が俺なんかのことでお節介を焼くから、

 こんな目に遭ってんだ』

織部は行動とは裏腹に、顔はそれほど険しくはなかった。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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