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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第二章

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36/47

36:薄暗い廊下

織部の携帯に電話が入ったのは27日の夜8時頃だった。

はじめは無視していたが、二度目に鳴った時、

その電話がリンシであることが分かると素直に出た。

だが、声の主はリンシではなかった。

「あ、あの、織部さんですか………?」

「はい……そうですが…」

「み、   ミナコです……あ、あの劇団で俳優をしてる…リンシの」

「あぁ はい」

途切れ途切れに話すので聞き辛かったが、

それは、ミナコがやっとのことで話しているからだと分かってきた。

織部は異変を感じ、思わず立ち上がった。

「あの…  リンシに何か…」


「………さ…刺されてしま って……」

織部は急いで上着をとって寮を出ると、タクシーで病院に向かった。



年末年始は寮も基本的には閉寮である。事情のある者は残れるが、

今年は織部と丹生、それに試合の迫る運動部の数名のみだ。

「今年は今日で食堂も終わりだね。どうするの、年末年始の間」

「食事のことか?」

「うん」

「部屋に缶詰いっぱいあるよ」

「もぉ〜 ちゃんとしたもの食べてよね、栄養不足になっちゃうよ」

「平気だよ、1週間くらい」

「私、年始には帰るから、お節料理とか、いっぱい持って帰ってくるね」

「いいって。俺のことは…」


ミナコに誘われていた丹生は、年末をミナコの部屋で過ごすことになっていた。

織部は夏休みの時と変わらない。読書に当てる時間が増えるだけのことだ。

「正月くらいは」「最近は正月らしさが…」とか、

その季節がやってくると人がよく使う言葉に織部はピンと来ない。

正月を知らない(正しくは覚えていない)からだ。

クラスメートに「正月も帰省せずに勉強すんのかよ」と言われた時も、

特に何も感じなかった。寮から皆が、そして丹生がいなくなっても

感傷に浸る…といったほどの心の動きは無かったのである。


だが、今は違う。

今朝「じゃー行ってくるねー」

と丹生は窓の下から真っ赤なコートを着て叫んでいた。

『俺は、寮の窓からその元気な笑顔を確かに見たはずだ。

 丹生は元気いっぱいだったはずだ…』

織部は訳が分からず、

タクシーがあまりに遅く走っている気がして苛立っていた。


やっとのことで病院に着くと、ミナコが待合室に居るのを見つけた。

ミナコは初めて会った時とは別人のように生気のない顔をして、

織部を見つめていた。


「あの…刺された…って  何で…?」

「施設の仲間の一人が私の部屋に現れて、私の持ち物を売ろうとしてて…

 ちょうどそこへリンシが来て…」

「……どこを刺され……」

「腹部……です」

「はぁ……」

織部はミナコと話してるのに、薄暗い廊下や、その向こうに広がるロビーのほうを

見つめて溜息を漏らした。

「で……今は」

「………手術中です」


ミナコには言えないことがあった。

刺さったナイフを押さえたままの丹生が、意識の遠のく中で言ったのだ。

「てるとらさんに  会いたい……」

丹生からは、織部との関係を少しだけ聞いていた。だから多分、

救急車の中で丹生が言った言葉は、織部には伝えちゃいけないんだ。

ミナコはそう思っていた。


それにもう一つ、ミナコは織部に言えないことがあった。

丹生が会いたがった人を聞いていたから、ミナコが最初に、丹生の携帯で

電話した先は 輝虎だった。



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