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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第二章

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34/47

34:戻れてよかった

英和学院の文化祭は伝統を誇り、生徒の熱量も高い。

それを知って入学してくるのだから無関心な生徒は極めて少数だ。

今年の1年でいえば、織部くらいのものだ。その織部でも、参加自体は拒めない。

だから入場整理に今、駆り出されている。


「西川先輩、今年はチャンピオン無理らしいよ」

「そりゃそうでしょ、水無瀬くんがいるもん」

「ま、そうなんだけど普通にしてれば有力候補だったのに、やたらと水無瀬くんを

 ライバル視してちょっかいかけてたじゃん、それが得票数に影響したんだって。

 今年は候補に入るのがやっとだったって聞いたよ」


そんな噂話が織部の耳にも届いたが、織部の知ったことではない。

すごい人数が詰めかけているが、織部は校門のそばの壁に寄りかかって

突っ立っているだけだった。

「あれ、 水無瀬じゃんっ」

織部は自分が声をかけられるとは考えていなかったので、思わず声のするほうに

顔を向けた。前の高校で同級生だった男子である。

「お前、突然学校辞めちゃうから、どうしたのかと思ってたよ」

織部が他校の生徒と話してるのを目ざとい女子達が見つけると、

校門前は一層大きな人だかりとなった。

話の流れから、どうやら織部が1年ダブってることが周囲に知れ渡ったようだ…。


やっと昼休みをもらった織部は、屋上で一人、パンを食べていた。

丹生はそんなことだろうと、お菓子の入った袋を持ってやってきた。

「織部が一つ年上だって話、下でみんなが騒いでる」

「……」

「サンドバッグになってあげようか」

「別に…誰も殴りたくない」

「怒鳴りたくもない?」「それは……ちょっと有るかな」

「でも平野くんとか、織部が一つ年上なのは、とっくに気づいてたよ」

「!?」


「夏休みの時みたいに突然姿くらまされたら心配しちゃうから、って

 私と平野くんがせがんだじゃん、電話番号とメルアド教えてって。

 あの時に平野くんが真っ先に気づいたんだよ。

 メルアドに西暦が入ってる…って」

織部はそれを聞いてガックリと膝をついた。


「あのメールアドレス、はじめから気に食わなかったんだ……。

 俺が作ったんじゃない」

「え じゃぁ誰が……」『あぁ……道安さんか」

「……ちょっと間抜けな……人がいて…」

『道安さんらしいよなぁ…』

「ふふっ」


丹生は屋上からの景色を眺めながら

「ねぇ…  一応文化祭参加したことになってるからさ、

 もういいんじゃない? サボっても」

「どっか行きたいのか?」

「…新宿」

「新宿?」

「えへへっ」


二人は人混みのどさくさを利用して、うまく抜け出した。向かうのは、ある劇団

の劇場である。電車で向かう途中、丹生はメールで見学の了承を得ていた。

「親友がね、来期上演予定の舞台に出るの。いまその稽古中なんだぁ」

「へぇ」

「施設で一緒に生活してたの。4つ年上で普段は劇場近くの飲み屋で働いてて、

 その店の2階が下宿先になってるんだぁ」

「ふぅん」


劇場は駅から徒歩で5分程度のビルの地下にあった。

織部はビルの地下に劇場があるなんて初めて知った。それだけじゃなく、

劇場のドアを開けると観客席と舞台が一体となって目に迫ってくるため、簡単

には逃げ出せない気分に襲われた。それに人間の声が恐ろしく響く異様な空間

に紛れ込んでしまい、圧迫感もある。


「あれが親友だよ。ミナコって言うの」

丹生は小声で教えてくれた。上下真っ黒のダンサーのような姿で、

相手役と罵り合う場面を演じていた。30分は見学していただろうか。

織部は彼らの息の詰まるやりとりに圧倒されていた。

舞台で演じているのはフィクションなのに、自分が子供の頃に味わった暗い

記憶が蘇ってくる、ある種の恐怖を味わった。


休憩中、ミナコが二人の前にやってきた。

「リンシがお世話になってます」

「え、いや俺は何も…」

「この子は私たちの誇りなんです。喧嘩は強くて負けたことないし、

 いっつも助けてもらってた」

「ちょっとミナコ違う違う、もっと別のいいところ言って」

「あの 今日は勉強になりました。見学できて良かったです。

 ありがとうございました」

「まぁ明るい話じゃないけど、良かったら本番も観に来てね」

織部と丹生はしばらくミナコと談笑したあと地上に出た。

ようやく異世界から、あたりまえの日常に戻ってきたような感覚だった。


「いやぁ…苦しかった…」

「あ、ごめん 地下、息苦しかった?」

「違う……さっきの一場面。なんか昔の記憶が蘇ってきて…」

「ってことは織部はその昔、婚約者がいて、捨てられたことがある…と?」

「あははっ 確かに、そういう場面だったね」

「わかってるよ。

 あの稽古から、何故か自分の昔の記憶が呼び覚まされたってことだよね」

「あぁ」


「私も…なんか嫌なこと思い出して気分が滅入ってた…」

「でも、悪くないな…   

 今ここに居るのが日常なんだ って安心できたから」

「そうだね」

「さっきの彼女、いい表情してたな」

「演じることが生き甲斐だって、いつも言ってるよ。

 なんかその意味がやっと、少しだけ分かった気がする」

「パワーもらえた」

「うん」

「ラーメン食べて帰ろうぜ」

「やっぱりラーメンなんだ」

「ハハッ」


学院に戻るとまだフィナーレ前で、

二人はうまく周囲の騒ぎに溶け込むことができた。

平野からの情報によると、西川はやはりチャンピオンにはなれず、

負けたのが織部じゃないことに余計ショックを受けて、

今は保健室にいるそうだ。

織部も丹生も、「ぶっ」と吹き出した。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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