27:何、こいつ
寮の食堂はガラ空きだと思っていたが、上級生はそれなりにいた。
見覚えのある西川が、織部を見つけると声をかけてきた。
「あれ、もう帰省から戻ったのか」
「え、はい、まぁ」
織部の隣に座った西川は、織部の肩に腕を回している。
そして織部を隅々までじっくりと見ていた。
「なんか日焼けしてるなぁ
しかも半袖のTシャツなんか着てるからか? 結構筋肉ついてんのな、お前」
「そんな見ないでくださいよ、食事中です」
「見ちゃうだろーよー、なにしろ俺は、お前のライバルだからな」
「…は?」(俺がライバル視してないのに?)
西川はT大を目指せるほど優秀な受験生だが、
「学業だけじゃないのがこの学院のいいところだ」と熱弁を振るう癖がある。
だがよくよく聞いていると究極のところ最も目立つイベントで、
自分の存在を世間に知らしめることだけに興味があるようだった。
「西川っ」同級生がやってきて、織部から西川を引き剥がそうとしてくれた。
「下級生が困ってるだろ、離れろ」
どうやら西川の癖には誰もが悩まされているらしい。
西川は織部との距離が遠のいて、くどくどと不満を述べている。
織部は上級生同士のそんなコミカルなやりとりを見ながら食事をとっていた。
食堂を出ると、広場を挟んだ両側に男女の寮棟が建っている。
マリカは男子寮側の回廊で、織部が来るのをじっと待っていた。
まもなく、両手をポケットに突っ込んだ織部が食堂から出てきた。
男女の寮棟に向かって左右に伸びる長い回廊を
織部は男子寮に向かって歩いていた。女性っぽい人影に気づきはしたが、
マリカと分かっても特に気にするでもなく通り過ぎようとした。
だがマリカはすかさず自分の腕を織部の腕に絡ませてきた。
「水無瀬くんっ すっごい日焼けしてるじゃん。ずるいよ、どこ行ってたの?
水無瀬くんが帰省しないっていうから私もずっと寮に残ってたのにぃ」
「…手、どけて」
「冷たいこと言わないでよぉ」マリカは更にしがみついてくる。
「ほかの子たちは水無瀬くんが居ないから、
みんな待ちくたびれて帰省しちゃったの。私一人なんだぁ……」
「……」
マリカの腕を織部は心底振り解きたかった。だが、まだじっと我慢して
歩いていた。「寂しかったぁ…」マリカは突然、
今度は織部の背中にまわって抱きついた。
「!!」
織部はマリカがピッタリと身体を寄せ付けるので、歩くのをやめて言った。
「離れろ」
「えっ?」
『照れてるのかなぁ 男の人ってこうすれば悪い気がしないんじゃないの?』
マリカはキョトンとして、まだ織部に抱きついている。
マリカが背中から回す両手を引き剥がすことなど造作もない。
だがそうする一歩手前で織部はもう一度、さらに低い声で言った。
「俺から 離れろ」
マリカはその声に怖くなり、急いで織部から離れた。
織部はマリカのほうにゆっくりと向き直ると静かに言った。
「自分の気持ちだけ押し付けてくるな」
マリカは織部にじっと見つめられ、足がすくんでしまった。
「じゃぁな」
織部は踵を返した。
マリカは自分を受け入れてもらえなかったことをようやく理解した。
なのに悲しむどころか酔いしれていた。
『じゃぁな だって。すっごい何?今の。
今まででマジいっちばんカッコよかった〜
やだ、どうしよ〜〜大好きぃ〜』
翌日、織部は朝一で図書館に行った。読み終えた本を返すためと、
爺さんの記事を調べるためだ。去年の全国紙の地域面を見ると、大体似たような
見出しで爺さんの記事が載っていた。
織部が知りたいのはまず爺さんのプロフィールだった。
ネットだと有料記事ばかりで、なかなか探せなかった。
【山鹿修一郎はT大法学部卒業後、ブルジョワ弁護士として名を馳せたものの、
婚約者の事故死をきっかけに30代以降は公益活動に転向し………】
『20代に築き上げた財産で30代以降を社会貢献に捧げたってことか…。
人生って何なんだろうな……努力したのに………道半ばなのに………』
織部は頬杖をつきながら、窓の外を眺めていた。閉め切った窓からでも蝉の声は
よく聞こえた。たまに下を通り過ぎる生徒もいる。だが赤い人物が通り過ぎた時、
織部は思わず椅子を後に引き、中腰になって窓を覗き込んだ。
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