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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第二章

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26:夏の陽射し

織部は横浜に居た。

亡くなった爺さんのクルージングボートは、道安が権利を譲り受けていた。

道安は自分が特別縁故者となることで、爺さんの相続手続きを進め、

1年以上かかって今月ようやく完了したのである。


だが当の道安はまだ日本に帰ってこられない。「たまにボートを見に行ってくれ」

と織部にメールが入ったのは試験当日だった。織部は翌日には学校を休み、

ひと足早く夏休みに入っていた。だから期末考査の結果は知らない。

織部はそんなことより早く一人になりたかったから、

道安のメールは有り難かった。


この夏、織部は読み上げようと思ってる本が10冊程度ある。

その半分をとりあえず持って来て、今日も朝からずっと読んでいた。

キャビンの中には法律関係の書物や爺さんの裁判資料がたくさん残されていた。

これらは道安が宝物のように思っているものだ。


織部は読書に疲れると、爺さんが関わった事件のスクラップブックなどを

眺めていた。どれも社会的弱者の救済活動で、ほぼ無報酬のものばかりだ。

『爺さん、どうやって生活してたんだろう…』

最後は反社会的組織の逆恨みで亡くなってしまった。

『なんであんな優しくて思いやりに満ちた人が

 痛い思いをして亡くならなきゃいけないんだ…………』


織部は母親の死と違って、爺さんの死を思う時は強い怒りが込み上げてきて

どうしようもなくなる。キャビンから出ると一気に風を感じ、磯の香りや

岸壁に当たる波の音が聞こえた。織部は何かをしないと怒りがおさまらないから、

バウデッキで腹筋や腕立て伏せを始めた。


『なんて健康的な高校生でしょう』双眼鏡を覗きながら輝虎は思った。


「織部がどこに居るか分からない」

と丹生から報告を受けた時、輝虎と道安は真っ先にこの埠頭を思い浮かべた。

それが正解だったことを道安にはついさっき伝えたところだ。

輝虎がいるのは係留中のボートが見渡せるホテルの一室だ。だが横浜本社での

ミーティングにちょっと顔を出すついでに寄っただけのホテルだ。

輝虎はすぐに東京に戻るつもりでいる。


「加藤」

「はい」

「君はここに一泊しても構いませんよ」

「え、あの、輝虎さんはお車で帰られるつもりですか」

「もちろんです、ここで十分涼むことができましたし」

「では私もご一緒に」

「君、少しは遊んだらどうです。女友達でも呼んで」

「滅相もないっ! 大体それどころじゃないですよ、今ご自身が大変な時に」


輝虎は笑みを見せていた。

確かに輝虎は、東京支社に乗り込んできた知らない女性から

執拗に面会を要求され、ロビーで喚き立てられるという迷惑行為を受けていた。

その女性には数日前も危うくマンションのエントランスで

鉢合わせするところだった。


「あの女性(ヒト)、輝虎さんが交際してくれなきゃここで死ぬから、

 とか言って私を脅迫したんですよ」

「死なないって分かってましたよね」

「まぁ…。輝虎さんに会うのが目的だとしたら死んでる場合じゃないですし……」

「加藤」

「はい」

「そろそろ訴える手続きでも取りましょうか」

「あっ はい。東京に戻ったら直ちに」




8月半ば、織部は持ってきた本を読み終えたので、一旦寮に戻ってきた。

まだ夕暮れ時だったので、織部の姿は寮の窓からでも判別できた。

真っ先に織部に気づいたのはマリカである。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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