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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第二章

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23/47

23:損するなよ

昼休みになると、丹生はいつも一緒に食べることになっているメンバーに

「悪いっ 今日ちょっと用事で食べられないや」と言って、急いで教室を出た。

屋上までの階段を一段飛ばしで駆け上がって行くと、手すりに寄っ掛かって

パンを食べている織部を見つけた。


織部は丹生の分も買っておいてくれたようだ。パンを丹生にあげると、

「凛子(リンコ)って書いてリンシって読ませるの、めずらしいな」と言った。

「えっ あぁそうだね、パンありがと」と言って丹生も食べ始めた。

「孔子とか孟子とか…と同じ感覚らしい」

「そんな古い時代の、しかも中国の…?」

「そうなの。お母さんがそっち系の学者だったからかな」

学者だ(・)っ(・)た(・)に織部は少し反応したが、そのまま黙って聞いていた。


「孔子の子(シ)の字って、偉い人の敬称だったって言うじゃん? 

 それ、女性は対象外みたいなんだよね。

 でも女の子だって同じ人間じゃないか!! って、……お母さんが。

 だからかな…凛々しい人間になれ、とでも願って名付けたのかも」


「いいね、そういうの」

「そう? 水無瀬くんは何で織部なの?」

「いいよ俺は…」


『あ、出過ぎたこと聞いちゃったかな。  は、早く話題変えなきゃっ』

「あっ そーだ。図式、ありがとね。すっごく分かりやすかった。なんかさぁ 

 ん〜〜  目から鱗って感じだった」

「できることがあれば、また手伝うよ」

「うそ、いいの!? やったーっ。なんか頼れるお兄さんって感じ」

『はっ!!』 丹生はまたやってしまった。

『織部くんが年上だってことを私は彼本人から聞いてるわけじゃない。

 なのに私ったら思ったことを口にしちゃった』


「リンシに聞きたいことがあるんだけど」

『えっ苗字教えたのに、やっぱり下の名前で呼んでくれるんだ。

 あ、でもお兄さんって言葉にやっぱり違和感持っちゃったかな!?』

丹生はなんとなく心が落ち着かなくなってきた。


「昨日何であのバカ男を殴ろうとした?」『なんだ、そっちかぁ…』

丹生は安堵した。

「リンシが喧嘩売られたわけじゃないのに」

「そうだけど、腹が立つじゃん、あの男」

「だからって相手の土俵に乗ったら損するだけだ」

丹生は損するのは織部のほうだと思っている。だからちょっとムキになって

「でもそんな私を止めたのは織部…じゃない み..水無瀬くんだよ」と言った。

「織部でいいよ」

「じゃぁ織部。あのバカ男が先生にチクってたら今頃、謹慎とか停学とか…」

「別にいいんだよ俺は」織部は静かに言った。

「えっ 何で自分は損してもいいの」

丹生は納得行かない、という表情で迫った。織部は丹生に詰め寄られ、

しばらく丹生を見つめたままだった。が、仕方なく答えた。

「俺は………いつかどこかでボロを出すんだよ。……だからいいんだ」

「ぜんっぜん、わかんない」丹生は織部の考えをもっと聞きたくて睨んでいた。


織部は丹生が先入観や偏見もなく、ひたすら人の心に焦点を合わせる姿を

垣間見てきた。今も自分に真剣に向き合ってくる。その人間性に打たれたから、

ただちょっと丹生を気に掛けただけだ。自分の心の中にまで入り込んでくることを

望んでいるわけではない。だから、もう話を切り上げることにした。


「悪かったな、こんなとこまで呼び出して。平野がいる前で話しても良かったんだ

 けど、あいつ何かあるとすぐパニクるから」

丹生は平野のことを想像してちょっと吹き出した。つられて織部も微笑んだ。


「ま、いいや。とにかくあまり損しないようにな。殴りたいとか怒鳴りたいことが

 出てきたら俺を呼べ。サンドバッグになってやるから」

織部はそう言うと軽く手を上げた。

そしてドアのほうに向き直って、ゆっくりと去って行った。




丹生は日曜日、寮長に外出届を出した。向かった先は輝虎のマンションだ。

別に輝虎には連絡を入れていない。だから居ないなら、そのまま周辺を散歩でも

して寮に戻るつもりでいた。集合インターホンで輝虎を呼び出すと、

すぐにドアロックが解除されて中に入れた。


「お久しぶりです」輝虎はそう言うと、ドアから内廊下に出てきた。

「こんにちは。ちょっとだけ、お時間よろしいでしょうか…」

丹生はひどく沈んでいて、声にも元気がなかった。

具合でも悪いのかと思い、輝虎は一度閉めたドアを開け、丹生を部屋に招いた。


だだっぴろいリビングに通されると、「ここ、どうぞ」と輝虎が椅子を引いた。

丹生はいつもの真っ赤なリュックを膝の上に置いて座っていたが、

すぐにテーブルに突っ伏した。

「どうしました、お嬢さん」

「織部保護活動報告が書けません…。だから口頭で伝えに来ました」

「電話があるじゃないですか」

「生(ナマ)の顔が見れません」

「……」

『何を言ってるのだ、この娘(コ)は......』

輝虎は丹生が相当弱ってるな、とは思ったが、構わず話を続けさせた。

「で、何がありました?」


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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