22:付箋
ラーメン屋で満腹になった丹生は、寮に戻ると織部から受け取ったノートを早速
開き、分からないところを書き始めた。
寮は男女共に個室だ。3点ユニットバスでベッドも有る。言ってみればビジネス
ホテルのような空間だ。狭いが、自分の世界に嫌でも集中してしまう。
今はシャーペンで書いている音しか聞こえない。
聞こえないはずなのだが、織部が『リンシ』と呼ぶ声がこだましていた。
『下の名前で呼ばれると、なんか仲良くなったような気がするな』
織部はリンシを苗字だと勘違いしてるだけなのだと分かってはいても……。
『あの時、私があの男に手をあげたから、織部くんは仕方なく
あの男を突き飛ばしたんだ。もしそれを暴力だ、とあの男が大ごとにしてたら、
織部くんは何らかの処分を受けてただろう……。
何で私の代わりに罪をかぶるような真似を………? 』
翌日、丹生は朝一番に登校し、校章入りノートを織部の下駄箱の中に入れた。
表紙には「丹生凛子です」と振り仮名入りの付箋も貼っておいた。
『ちゃんと苗字を教えとかなくちゃね』
丹生は毎週、織部保護活動報告を二人の雇用主に提出している。
『従業員は言われたことだけやっていればいいのだ。
下の名前で呼ばれて浮かれてる場合ではない』
しかし丹生は、昨日の図書館での一件については報告を保留にしている。
まだ、織部の気持ちが掴めないからだ。
織部は授業中に丹生が書いたノートを見ていた。
4ページにわたり、ぎっしりと書かれている。しばらくすると、
丹生の数学に関する思考回路が見えてきた。
『どの問題も、同じ思考回路で解こうとして、つまずいている』
『これなら、思考の矛盾点を一つ指摘するだけで、どの問題も解けるようになる』
そう確信すると、織部は一つ一つの問題の解決策をアドバイスするのはやめて、
矛盾点を気づかせる図式を一つだけ提示した。
終鈴後、織部はノートを持ってA組に行った。
ノートを親指と人差し指でつまんでゆっくりと歩いている。ただそれだけなのに、
何でこんなに人の目を引くのだろう。A組のドア付近にいた女子は、
織部が近づいてきただけで心臓が止まりそうになっていた。
その女子に「これ、落ちてた」と言って、織部はノートを差し出した。
「本人に渡しといて」
織部は用件が済むと、自分の教室へとすぐに引き返して行った。
ノートを受け取った女子は表紙に貼ってある付箋を見て、信奉者達と談笑している
丹生のところに駆け込んだ。
「ノート拾ったって。いま水無瀬くんが来てたんだよ」と言うと、
周囲は一大トピックのように騒ぎ始めた。
丹生は「あっれぇ〜 どこで落としたんだろう」と言いながらも、
内心ではひどくがっかりしていた。『付箋、貼られたままだ……』
『ノート、見てくれなかったのかなぁ……』
丹生は今すぐノートの中を見たくてウズウズしていた。
だが、みんなからあらぬ詮索を受けないよう、必死に平静を装った。
『あぁーっ 早く授業が始まって欲しい』
丹生は、次の授業が始まるのをこんなに待ち焦がれたことはない。
チャイムが鳴った!!
丹生はすぐにノートを開いた。
だが自分が書いた内容のどこにも、赤ペンで指摘などは入っていなかった。
『やっぱり何も書いてくれてない』
なんだか悲しくなってページをめくっていたが、『あっ!?』
「あった!!」
丹生は思わず声を出してしまった。
「なにが あったんですか、丹生さん」
教師が講義をやめて丹生に質問した。教室でドッと笑いが起きていた。
織部が書いた図式の横には、水色の付箋が貼られていた。
昼休み、屋上にいる
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