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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第二章

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21/47

21:出た出た

テニスコートや野球部のグラウンドからはボールを打つ音や掛け声などが聞こえて

くる。生徒達は皆、漸く試験から解放され、また趣味や部活動に集中している。

活気ある日常が戻ると図書館はガラガラだ。

毎日順番で回ってくる図書係もサボりがちになる。丹生はそれを知っていて、

図書館に直行した。


『やっぱり居たっ』

思った通り、図書館大好き平野がテーブルを独り占めしていた。

「ちょっと聞いてよ、私あんなに頑張ったのに予想よりぜんっぜん下だった!!!」

「下って……どのくらい?」

掲示板にリンシの名前は無かったから、きっと自分と同じくらい

下の順位だったのだろう、と平野は同情していた。


「……30位」

「えっ!? リンシ 30位だったの!?  すっごい!! 」

「30位までしか張り出されない掲示板だよ? 

 その、いっ    ちばん下だよ私。

 あれじゃぁ学年最下位みたいな感じじゃん!!」

「ふっ」奥の本棚から戻ってきた織部が、軽く笑みを浮かべながら現れた。


『はっ!? 織部くん』

丹生は織部がいるとは思っていなかったので驚いている。

「リンシ  って君のことだったのか…」

織部は、丹生が上級生に大声で一喝した時のことを覚えていた。

「あ、水無瀬くん。そうそう、この人がこのまえ話したリンシ。

 数学で苦しんでたんだよね」

平野は丹生のほうを見て言った。「いまも めちゃくちゃ苦しんでます」

丹生は急にトーンが低くなった。


「わからないとこノートに書き出しといて。あとで赤字で返すから」

織部はそう言いながら、リュックからノートを取り出して丹生に渡した。

「え、いいの!? うわっ、ありがとう」

織部は学校の購買で学院仕様のノートを買い置きしていたらしい。

丹生は校章が入った真っさらなノートを渡されて、ちょっと感動していた。


その時、サボっていた今日の図書係が戻ってきた。

その生徒は織部に気がつくと、グッドタイミングとばかりに

「おい、水無瀬っ」と言ってこちらに来た。

「お前って特待生だったんだな。見た目は裕福な どこぞのお坊ちゃんに見える

 けど」と言ったその顔には、意地の悪い笑みが浮かんでいた。


織部は『出た出た』と思った。

『何かと絡んでくる人間。この手の人間って、やっぱりどこにでも居るんだな...

 言いっぷりからすると、生徒の個人情報を握ってる学院関係者が

 身内にいる…って感じか』特待生かどうかは生徒には公表されていないからだ。


図書係は織部が黙っているのをいいことに、さらに畳み掛けてきた。

「お前は必死に上位を維持しなきゃ、この学院に居らんないもんなぁ〜。

 そりゃがんばるわな。部活なんかやってる場合じゃないわけだ」

織部は『あっ』と思った。

『そうか…こいつ、野球部員だ』


「せっかく野球部に誘ってくれたのに断って悪かったな」と織部は言った。

「別に。先輩に頼まれて仕方なく声かけただけだ。それに入部したところで、

 どうせユニフォームも買えなきゃ遠征費も払えないだろ」


この図書係が喋り出してから丹生はずっと頭に血がのぼってカッカしていたが、

「払えないだろ」の一言で、とうとう手が出てしまった。


図書係は重心を崩した拍子にテーブルや椅子にぶつかると、そのまま床に思い切り

尻餅をついて起き上がれずにいた。整然と並んでいたテーブルは乱れ、椅子は散乱

している。「リンシ!? えっ!?

み、水無瀬くんっ!?」平野が怯えた声をあげた。


丹生は相手に平手打ちをした……はず。

だが丹生の平手一発は織部が瞬時に右手で受け流し、同時に左手で力強く図書係を

突き飛ばしていたのだ。丹生は織部に受け流された右手を押さえて、びっくりして

いる。一瞬の出来事だった。


織部は乱れたテーブルや椅子を元通りにすると、

すぐに図書係の腕を自分の肩に回してゆっくりと起こし始めた。

「あっ平野っ」

織部は平野に向かって「リンシを頼むな」と言うと、

自分は足元がふらつく図書係を支えながら館内を出て行った。


織部は図書係が階段を踏み外さないように、慎重に階段を降りてくれている。

「水無瀬…どこ連れてく気だ」

織部に悪態をついた図書係がやっと口を開いた。

「保健室」

「いいよ、もう平気だ」

「脳震盪 起こしてるかもだろ」

「いや、いい。頭は打ってない」

「じゃぁ先に職員室行くか。俺に殴られたって言いつけろよ」

「……ふっ やめろよ子供じゃあるまいし…」

『なんだよ、さっきと大分テンション違うな』

織部は急に張り合いがなくなった。

「お前、何組のだれ?」

「あそこに載ってる  …………2位だった男だ」

中間考査の張り出されている掲示板を顎で示した。

「…………そっか(なるほどね…)」

 

ここでいい、という図書係と下駄箱付近で別れたあと、織部は掲示板まで戻ろうとしていた。が、

平野の呼び止める声が聞こえたので、図書係の名前はもうどうでもよくなった。


「リンシ、さっきは悪かったな、右手痛いだろ」

織部は平野の隣にいた丹生を見て、声をかけた。だが丹生が黙っているので、

代わりに平野が答えた。

「ちょっと腫れてたけど大丈夫だよ、湿布貼ったし。保険医に原因を聞かれた時は

 ちょっと困ったけど」「正直に言えばいいだろ、んなもん」


「そんなわけにはいかないよ!!」丹生が急に会話に入ってきた。

織部は丹生の怒った顔を見て「威勢がいいな」と言った。

「だってひどくない?あの男、なんであんなこと言うの!? くやしくないの!?」

「んー…まぁ…。  それより腹減ったな」

「確かに」と平野が言った。

「このままどっか食べに行こっか」と平野が言うと

「俺、貧乏だから外食はちょっと…」と織部がボソッと言った。丹生も平野も今の

言葉でさっきの出来事に引き戻されてしまい、下を向いてしまった。それを見て

織部は吹き出しそうになりながら

「マジで受け取るなよ、そんな切羽詰まってないから」と言った。

二人は織部に「一本取られた」と言って、安堵の表情を浮かべながら笑った。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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