2:もう一度触れたら容赦しない
織部は小学4年生の頃から、他人が出入りするマンションには寝に帰るだけで、
いつも埠頭で時間をつぶしていた。
埠頭には知り合いがいる。桟橋近くに係留させたボートで生活している爺さんだ。
いつも海を眺めていた織部を呼び止め、食事をご馳走してくれた人だ。
織部から見れば爺さんだったが、まだ50代である。
爺さんは、たまにスーツを着てどこかに行ってしまう。
「なんのお仕事してるのかな」と織部が言うと
「悪徳業者から弱者を守る弁護士らしいよ」とミッチャンが教えてくれた。
ミッチャンは道安というが、織部はもうあだ名で呼ぶほど親しくなっていた。
一人で壁当てをしていたら、キャッチボールに誘ってくれた人だ。
織部は二人に会って、ざわつく心を早くリセットしたかった。
『俺は認知されているといっても愛人の子だ。苗字だって変えるつもりはない』
『もうほっといてくれ』
ようやく埠頭に着くと、たむろする少年のグループが見えた。
こんなこと一度も無かったので様子を窺っていると、グループの中に中学時代の
同級生を発見した。
「おっ あれ?」同級生も織部に気がついた。
「何してんだよ、こんなとこで」
「知らねぇの? ここで昨日、殺人事件があったんだよ」
「……!?」
織部の心臓は途端に早鐘を打ち始めた。
聞けば、係争中のヤクザ絡みの事件に関わっていた弁護士が、2ブロック先の
倉庫付近で殴殺されたのだと言う。
『不安が的中した?………弁護士なら爺さんのことじゃないか』
『大切な人がまた一人、俺の前からいなくなった!?』
織部は愕然とした。
織部はその場に立ち尽くしていたが、グループの一人が近くに係留されている
ボートの一つに、規制線を越えて乗り込もうとしているのが見えた。
「やめろっ」 織部は思わず声を張り上げた。
声のするほうに向き直った少年は、織部のほうに歩いてきて
「お前になんの関係がある」と言って織部の肩を強く押した。すかさず同級生が
「先輩こいつ金持ちなんスよ。いいマンション住んでんの俺 知ってますから」
「へ〜ぇ」
同級生のこの発言で、グループは織部を恐喝しようと企み始めたようだ。
不穏な空気がたちこめてきたが、織部はそんなことより、
『爺さんが暮らすこの神聖な領域に この連中をこれ以上踏み入らせてはならない』
そのことに集中していた。
そうでなくとも今日は、孤独感と虚しさで自暴自棄になっているのだ。
織部はこの半グレどもを睨むと
「やめとけ、俺にもう一度触れたら容赦しない」と警告した。
そうまで言われて ひるむわけにはいかない。グループの一人が織部の腰をガシッと
掴み、取っ組み合いが始まろうとしていた。こういう場合 織部は決して逃げない。
たとえ相手が自分より年上であっても、必ず倒してきた。
『こんな連中相手に時間を浪費してる場合じゃないっ』
織部の怒りはもう収まらない。逃げようとした者も取っ捕まえて、
総勢8人を殴り倒していた。
この騒ぎの中、織部を探していた父親の部下達もここに到着していたのだが、
織部は気づいていない。彼をこの場所から連れて行くなら今だ。部下達の誰もが
そう思っていたが、全員足が竦んで動けなくなっていた。
ただ一人、こんなシチュエーションにも動じない人物がいた。
サングラスをした彼は、加藤を後ろから軽く小突き、
「早くしないと警察が来ちゃいますよ」と穏やかな声で言った。
埠頭での騒動は、どうにか警察に知られる前に収まった。
だが織部のほうは、父親の部下達にしっかり保護されてしまった。
黒塗りの車で向かった先は、もちろん父親の家である。
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