18:朝っぱらから
2日後の早朝、
「で、いつまでここに居るんです」
輝虎はリビングで朝食をとりながら、そばで携帯を見ていた道安に言った。
「今日は入学式ですっ」道安は元気よく答えた。
「あの少女と織部が登校する様子をこの目で確認したら、
その足で渡米しますからご安心を」
と言って、胸ポケットから航空券を出して見せた。
「それは良かったです」
輝虎は疑わしいと思いながら、軽く微笑んで言った。
「あ、そういえば、この間ウチの加藤に泣きつかれましたよ。
織部くんからド突かれたとかなんとか……」
「あぁ…………あれね」道安は受け流した。
なにしろ自分が世話を焼き過ぎたのが原因だったから、蒸し返されたくない。
輝虎は加藤から聞いて把握してるから、道安に聞くまでもなかったのだが、
微笑ましいエピソードだと思って少し からかい半分に言ってみただけだ。
「それじゃ、ちょっと様子を見てきますね」
と言って、道安は逃げるように出て行った。
英和学院の寮生達は、寮から学校までの5分程度、並木道を歩いて登校する
ことになる。道安は寮門近くに車を停め、長いこと生徒達が出てくるのを
ぼんやり眺めていた。が突然、丹生の姿が目に飛び込んできた。
「!?」
道安は慌てて車から降りると、丹生が驚いているのも構わず
強引に丹生を車中に押し込んだ。
「なんて格好してるんだ、君は!」
丹生は、真っ赤なリュックに真っ赤なスニーカーを履き、
真っ赤なピアスをしていた。初日だから、めいっぱいオシャレしたのだ。
「はぁ!? このどこがおかしいんだよ 」
せっかくの初日が台無しだ。
急に道安に怒鳴られて、丹生はすっかり素に戻っていた。
「全身真っ赤じゃないか、目立ち過ぎだろっ
他人に無関心なあの織部だって嫌でも気づくぞ!
それになんで化粧してイヤリングまでしてんだよっ」
「生徒手帳見てないのかっ 本校の生徒としての誇りを失わぬよう、
身なりには気をつけるように って、ほらっ ここに書いてあるだろっ」
道安は胸ポケットから生徒手帳を出すと、
記載事項を指で力強く示そうとして、内側に貼られた写真を指し示した。
「あ…」
「あっ」
道安も丹生も、同時に気づいてしまった。
道安が手に持っているのは織部が所持すべき生徒手帳だった。
『しまった......
一昨日、織部の荷物を寮に送る時、荷物に入れるつもりだったのに
……入れ忘れてた !! 』
「おいっ 君は織部より早く登校したか !?」
「わっかんないよ、女子寮と男子寮は別なんだからっ」
道安は慌てて車から降りると、並木道を走り出した。
丹生は道安の様子を車内から見ていたが、付けているピアスを触りながら
『あの人、このピアスをイヤリングって言ってた……』
『やっぱりこのピアス、輝虎さんが選んでくれたものだったのかな………』
織部は生徒達で混雑し始めた寮門からようやく出てきたが、前のほうで一人、
大人が騒いでるのに気がついた。
少し嫌な予感がして立ち止まったが『まさかな……』と思い、
気を取り直して歩き出した。でもその ” まさか ” だった。
「ミッチャン……」
背中から織部の声がしたので道安は慌てて振り返ると
「あー、織部! 良かった良かった」と言って屈託のない笑顔を見せた。
「これ、スーツケースに入れるの忘れてた」
織部は手帳を渡されて『なんでミッチャンが持って…る………あぁ…』
生徒手帳が無いことに気づいてはいたが、道安の慌てぶりを見て、
どういうことか想像がついた。
「わざわざ……ありがとう」
織部はそう言うと、一昨日の別れ方を反省していただけに、
普段あまり見せることのない笑みを見せた。
道安はその笑顔に感動し、言葉が出てこなくなってしまった。
織部は歩き出したが、一度だけ振り返り、
「行ってきます」と言った。
道安はしばらく織部の背中を見送ったあと、車に戻って
静かに運転席に座った。
丹生はルームミラー越しに道安の顔を見たが、なんだか泣き笑い
っていうような顔に見えた。
『道安さん、ほんとに弟さんのことが心配なんだな』そう思った丹生は、
「さっきはすみませんでした。乱暴な口をききまして」と言った。
「いや、俺のほうこそ悪かった。ちょっと言い過ぎた……」
「あ、いえ」
「君も今日からがんばれよ」
「あ……はい」
「じゃ、これからよろしくな」
「はい」
丹生は外に出ると、赤い口紅をすぐに落としながら学校へと向かった。
『頬の傷を隠す化粧は、しばらく許してね、道安さん』
せっかく殊勝になった丹生だったが、
校内の下駄箱に向かって歩いているうちに、気が変わってしまった。
全身紫もいれば水玉もいる。ドレッドヘアーもいれば金髪もいて、
みんな思い切り自分を表現しているのだ。
「なぁんだ。自由な校風じゃないか。
やっぱりマニキュアもしてくれば良かった」と思う丹生だった。
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