15:二人の大人
織部には「もう東京にいないかも」と言っていた輝虎は、今も東京にいた。
九鬼総合商社は東京に支社がある。だが東京支社の業績はここ最近芳しくない。
経営陣が業績低迷に苦慮していることは、長期休暇中の輝虎の耳にも入っていた。
チャンス到来。
輝虎は工事現場での余暇を利用し、東京支社の業績を立て直す方策を練り始めた。
そして長期休暇が終わるやいなや、横浜本社で与四郎の秘書を卒なくこなし
ながら、社長秘書業務の引継資料も並行して作成。いつ引き継いでも問題のない
よう準備が整うと、機の熟した3月の営業本会議に合わせ
「東京支社における業務改善計画」を経営陣に提案した。
それは、経営陣をはじめとする精鋭達を唸らせる施策として、見事に会議を通過。
輝虎は4月から東京支社長として、東京に居を移すこととなった。
社内外を問わず、輝虎の栄転は大いに祝われた。だが輝虎にとっては地位よりも、
道安との織部保護活動に取り組みやすくなった環境を喜んでいた。
木製のブラインドに一切の家具を廃したシンプルな部屋で、
輝虎は道安と一緒にいた。
「せっかくホテルを取ってるのに何でここにずっといるんですか」
「そんなつれないこと言って〜、
ちゃんと俺が泊まれる部屋を用意してあるじゃないですか」
と、道安は奥の部屋を人差し指で示した。
輝虎の住まいは3LDKだが160平米は超えており、
超が付く豪華低層マンションだ。4月からの異動に合わせ、
東京に引っ越していた。
「別にあなたのための部屋じゃありません」
「だって恋人なんていないでしょ」道安はそろそろ酔いが回ってきたようだ。
「失敬な」
道安はもうグラスで飲むのをやめ、ビールをラッパ飲みしていた。
合格発表から2日経っても道安はまだ夢の中にいるようだった。
なにより織部が特待生合格だったことが「未だに信じられない」と言って、
誰かと語り合いたくて仕方ないのだ。
「道安くん、そんなに飲んで、翌朝知りませんよ」
輝虎はここのところ栄転祝いで飲み過ぎていたため、今日は烏龍茶だ。
「うん、そうだね〜」と言いながらも道安は、まだぐびぐびやっている。
「そういえば丹生凛子。彼女の名前、変わってるよねぇ〜、
『子』を『し』と読ませるなんてさ〜」
「女の子という枠組みを超えて、一人の人間として立派に育って欲しい、
と彼女の産みの親が付けたそうです」
「へ〜ぇ、よく知ってますね」
「施設長が教えてくれました」
「……ご両親、何で亡くなったんですか」
「交通事故です」
「…………そうかぁ
ところで輝虎さんさぁ〜 織部に顔がバレてるでしょ?
東京に居たらマズいんじゃないのぉ」
「これからは丹生さんがいますから」
「とは言っても………ねぇ……」
「それより道安くんが単位を落とさず卒業してくれてれば、
私はお役御免で、今頃会社に専念できていましたが」
輝虎は正論を言った。いや、これは建前だ。内心では二人の高校生と、
実は目の前にいる青年も見守りたいと思っている。
「すみませんねぇ…織部と違ってアホで………」
「織部くんは確かに優秀です。でも丹生さんも立派ですよ」
「ぅん………」
「つまり、彼女を一生懸命導いた道安くんも立派だということです」
「ふふ…そうだねぇ…」道安は居眠りしそうになっていた。
輝虎は道安が静かになると、
織部から一昨日届いたメールをまた見ていた。
「受かったよ」
これだけだった。
『どう返事したものか……』
まだ返事できずに悩んでいたのだが、
『ここは思い切って絵文字など入れてみるか』とつぶやきながら、
結局無難に返しただけだった。
「おめでとう」
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