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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第一章

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14/47

14:春が来た

英和学院は入学の合否をweb上では行わない。だからこの日、

合格者の番号が張り出された掲示板の周りは多くの人でごった返していた。

親子連れが多く、悲喜交々の心境が繰り広げられている。


織部は一人、無表情でそんな人垣をかきわけながら掲示板が見えるところまで

進んで行った。そして自分の番号があることを確かめると、

すぐさま屈んで群れから抜け出した。


校内の事務所に寄って入学手続き関連の書類を受け取っている時は、

『あれだけ頑張ったんだから受かって当然だ』

としか思っていなかった。

ただ、学院の門を出て、真っ直ぐ伸びる並木道を歩いている時は、

整然とした美しさに思わず癒されて、自然と歩く速度が遅くなっていた。

揺れる木漏れ日は穏やかで、冷たい空気も心地いい。


『これからここに本当に通えるんだな』

そう思うと、二度とは来ない場所ではないことに、

親しみや愛おしさが生まれていた。だが、この空気を打ち壊す勢いで、

学院に向かって(というよりこちらに向かって)走ってくる青年が

目に入った。道安(ミチヤス)だった。


道安は織部と目が合うと、

思わず顔を綻ばせて織部の名前を張り上げた。周囲は一斉に振り返り、

道安と織部を見たが、道安はそんなことお構いなしだ。

織部の腕を掴むと顔を覗き込み、必死に何かを読み取ろうとしている。


だが織部の顔からは何も読み取れず、仕方なく尋ねた。

「ど………どうだった?」

「え……!?    受かったよ」

『まさかミッチャンは合否を知りたくて日本に帰ってきたの !? 

 そんなことくらいでわざわざ帰ってくるわけないか』

と、思い直して苦笑いを浮かべていると、

道安は「受かった!? そっか!! そっかぁ受かったかぁ」と言って、

織部に力強く抱きついた。

やがて飛び跳ねながら、織部を掴んでクルクル回り始めた。

『道の真ん中で、やめてくれ』

と織部は窘めたかったが、口にはどうしても出せなかった。




合格発表の日、輝虎のほうは

道安達よりひと足先に合否確認を済ませていた。丹生(ニウ)のために借りている

マンションで、今は入学関連書類に目を通している。

丹生にとって合格することは至上命題だったし、輝虎もまるで疑っていなかった

ため、織部達のような振る舞いは皆無である。


「寮に入れるのは3日後からですが、今後、必要なものはこれを使って

 揃えてください」と輝虎は言い、クレジットカードをテーブルに置いた。


「暗証番号は?」と丹生が聞いた。

「5521です」

「番号に何か意味はありますか」

「私の携帯の下4桁」

「……」

「何です、その顔は」丹生は生あくびを噛み殺したような顔をしていた。

「いえ」思い直して背筋を伸ばした。


若い女性の部屋に長居は禁物とばかりに、輝虎はもろもろの要件を済ませると

テーブルを離れ、すぐにコートを羽織った。そして玄関で靴を履き始めると、

「あ、忘れるところでした」と言って、

鞄から小さな箱を取り出し、シューズボックスの上に置いた。

「何ですか、それ」

「合格祝いです」

輝虎はそう言うと、丹生の顔は見ずに「それじゃ」と言って立ち去った。

輝虎は部屋を出たあと『本当におめでとう』と心の中で言っていた。


丹生は今まで、他人からリボンの付いたプレゼントなど貰ったことがなかった。

しばらくぽかんとしていたが、段々中身が気になって、綺麗に結ばれたリボンを

ゆっくりと解き、箱を開けてみた。


緩衝材の真ん中に、また小さな箱が入っていた。今度のはビロードが張られた

ジュエリーボックスだった。丹生はドキドキしながらボックスの蓋をそうっと

開いて隙間から中を覗いてみた。


ピアスが二つ、高価そうな台座に納まっているのが見えた。

思わず蓋を全開すると、赤い蝶のピアスだった。

輝虎は、丹生が赤色が好きなことに気づいていたようだ。耳たぶにちょうど

収まるくらいの大きさで、目立ち過ぎず派手過ぎない。ただ10代の若者には

少し高価過ぎるかもしれなかった。丹生はしばらく眺めていたが、

やがてボックスの蓋をそうっと閉じた。


 去年まで、高校に行くことすらままならない環境下にいたのが嘘のようだ。

 降ってわいたバイト話に乗ってはみたものの、条件は都内屈指の難関高合格だ。

 無理だ、諦めよう。何度も思った


 だけど分からない所があれば、道安さんがWeb上でいつでも時間を惜しまず

 教えてくれたし、週に一度は輝虎さんが食料品をいっぱい買い込んで

 持ってきてくれた。輝虎さんはすぐに帰ってしまうが、

 いつも勇気づける言葉を残してくれた。

 

 ある時など、

 「これはたとえばの話です」と前置きした上で、

 「たとえあなたが志望校を変えたり志望校に受からなくても、

  私達は、今のあなたの努力を無碍には扱いません。

  その時はまた、別の形であなたに仕事を依頼するでしょう」

 と言ってくれた。


 あの人達は、いつも自分を一人の人間として扱ってくれていた。

 なんという貴重な日々だったのだろう。


丹生はジュエリーボックスを手の中にやさしく包み込むと、

胸がいっぱいで涙が込み上げてきた。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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