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狼は振り向かない【完結済】  作者: 月影野里
第一章

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13/47

13:あの人のやさしさ

年が改まると、

織部はホテルのフロントから呼ばれてダンボールを受け取りに行った。

山内氏からの荷物だという。

『輝虎さんだ。昨日メールで住んでる所を聞かれたしな』

織部は荷物を受け取ると、急いで部屋に戻って開梱した。中からは、カイロや

マスクにマフラー、手袋等、

織部が風邪をひかずに済むグッズがいっぱい出てきた。


輝虎は今まで自分のことはほとんど話してくれなかった。

それがなんか物足りなくて、織部はこのホテルに泊まることになった日から、

また携帯を充電するようになっていた。功を奏したと言うべきか、

輝虎の優しさにまた触れることができ、良い年明けだと感じていた。

ただ、送り主欄には輝虎のフルネーム以外、何も印字されてはいなかった。



いよい入試1週間前となった。

試験に受かれば寮生活になる。だからそれまでは不本意ながら、この快適な

ベッドで寝泊まりのできる状況だ。

道安からは相変わらずメールがボコボコ入るが、輝虎もなんだかまだ自分に心を

配ってくれている。そんなの要らないのに、との思いはある。

でも人の厚意を頑なに拒む気持ちは薄れつつあった。

なにしろ世間からすれば自分は未成年で、保護対象者なのだ。


織部はこのホテルに滞在するようになってから、

自分の携わったビルが見えることを発見していた。まだ建設中なので、

養生シートでほぼ覆われている。だがあの中では

今も大勢の人が働いていることだろう。


あそこで織部は、少しでも高所の作業になりかければ輝虎に止められ、

重量鉄骨を扱う際は担当から外されたりした。高い賃金をもらいたくても、

期待通りに働くことなどまるでできなかったのだ。

そのもどかしさは、空き時間に必死に勉強することで埋めるしかない。

そんな日々が思い出される景色だが、飽きることなく眺めていると、

携帯の機械音が邪魔をした。


『どうやら、あの人がここに到着したらしい』


その夜、織部が滞在するホテルの最上階にあるレストランには、輝虎がいた。

店内奥の窓際に用意された一室で、スーツにネクタイ姿で腰を掛けていた。

外を眺める輝虎の横顔は、まっすぐ通った鼻筋が際立って見える。


30代では、まだ背伸びしているようにも見られがちな高級レストランではあるが、

輝虎には当てはまらない。

店内の豪華さに引けをとらない佇まいは全く板についていて、

少しの虚栄心も見られない。


ふかふかの絨毯をもったいぶって歩くウェイターに導かれ、

織部はその個室に現れた。10代の若者には似つかわしくない場所だが、

こちらも品では負けてない。道安が以前くれたシャツを着ているだけなのだが、

この若者にはそれだけで十分な華やぎがあった。


「お久しぶりです」輝虎がそう言うと、

織部は内心『ホントは俺が先にそういう挨拶をすべきだったのかな』

と思いながら、結局ちょっと会釈しただけで、

ウェイターが引いてくれる椅子に静かに腰かけてしまった。


「勉強は順調ですか?」

「はい」

「体調は?」

「問題ないです」


こんなやりとりをしながら、二人は慰労会と称された贅沢なディナーを

味わっている。


『この食事が終われば、輝虎さんとはもう会えないのだろう。

 たまたま仕事で数ヶ月の関わりがあっただけの人だし。この人がどこで

 何をしてるのか、俺が出しゃばって聞いていいことじゃない』


『もし調子に乗って尋ねでもしたら、

 「君は自分のことだけ考えていなさい」とでも言われそうだ.........』


だけど一つだけ気になっていることがあった。

もう使うことのない藍色のカーテンだ。


「あの…。輝虎さんが買ってくれたカーテンなんですが、部屋を出る時に

 俺が一応持ってきちゃったんですけど……」

「カーテン… あぁ、あれね。藍色が好きなんですよね、

 趣味を押し付けちゃいましたね」

「持って行かれますか?」

「いや、今住んでるところはブラインドなので使いませんね。

 処分に困っているなら引き取りますよ」

「いえ、困ってるわけでは」

織部は即座にそう言った。『この人との思い出にとっておきたい』


「そうだ、合格発表の頃にはもう東京にはいないかもしれませんが、

 携帯はちゃんと電源入れておいてくださいね、お祝いのメールをしますので」

「その前に試験を受けないと……」

「あ、そうでしたね」


二人は思わず吹き出した。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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