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悪役令息に毎週決闘を挑まれていますが、たぶんこれ果たし状じゃない  作者: 夜凪 蒼


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第8話「名物になった覚えはない」

月例試験の結果が張り出される日は、いつからか、学院のちょっとしたお祭りになっていた。


 掲示板の前は朝から黒山の人だかり。お目当ては学年順位の一位と二位——つまり、俺とオスカーの首席争いだ。誰が言い出したのか、生徒たちは勝手に賭けまで始めている。「今回はグランツベルクが逆転する」「いや、ミレットが守る」。菓子だの小遣いだのを景品に、掲示前でわいわい騒いでいる。


 名物になった覚えは断じてない。


 (俺はひっそり勉強して、こっそり卒業したいだけなんだが……)


 この賭け騒ぎはもう学院の風物詩になっていた。誰かが順位表を写して回り、別の誰かが次の決闘の種目を予想する。剣なら公爵令息が有利。学力なら五分。料理なら平民の圧勝。そんな分析までまことしやかに出回っている。俺たちの勝負はいつのまにか、みんなの退屈しのぎになっていた。まったくいい迷惑だ。迷惑なはずなのに、順位表に自分とあいつの名前が並んでいるのを見ると、変な気分になるのは内緒にしておく。


 朝の廊下は人いきれでむっとしていた。誰かの肩がぶつかっては押し返される。張り出されたばかりの順位表は、インクの匂いをまだ残している。がやがやと飛び交う声、めくれる紙の音。この熱気のどまんなかに自分の名前があるという事実が、どうにも据わりが悪い。


 人混みをかき分けて掲示を見上げると、今回の首席は——僅差で俺だった。一位、ルカ・ミレット。二位、オスカー・グランツベルク。周りから、歓声とうめき声が半々に上がる。賭けに勝った奴と負けた奴の悲喜こもごも。人の順位で一喜一憂するな。頼むから。


 「首席、防衛だな。おめでとう、と言うべきか」


 背後からの声に振り返ると、オスカーが腕を組んで立っていた。周りの目がいっせいにこちらへ集まる。名物の続きが始まると期待した、観客の目だ。


 「次の決闘で、その余裕を叩き潰してやる。首を洗って待っていろ、貴様」


 刺々しい宣戦布告に観客がどっと沸く。いつもの「貴様」。いつもの高慢な公爵令息。俺は肩をすくめて、やれやれと応じてみせた。様式美だな、これも。


 やがて次の授業の鐘が鳴り、人だかりが散っていく。掲示板の前に、俺とオスカーだけが取り残された。するとあいつはふいに、さっきまでの刺々しさを引っ込めてぽつりとこぼす。


 「……今回は、僅差だった。次は、負けん」


 その声は観客の前で張り上げた「貴様」よりもうんと低かった。柔らかくて、悔しさのにじんだ、素の声。


 気づいてしまった。こいつ、人がいるところでは、あんなに尖った声を出すくせに。二人きりになると、途端に語気がゆるむ。周りに見せる用の顔と素の顔を、器用に使い分けているみたいに。


 ……どっちが本物なんだろうな。


 そんなことを考えていたら、聞き覚えのない、やたら軽い声が割り込んできた。


 「いやあ、面白いなあ、君たち」


 いつのまにか、金髪の生徒が、柱にもたれてこっちを眺めていた。人好きのする笑み。仕立てのいい制服。見覚えがある。というか、この学院で見間違えようのない顔だ。第二王子、フェリクス・グランシェルテ。


 げ、と俺は心の中で呻いた。よりによって、王族。


 「掲示板の前で堂々と決闘の予告。毎週律儀に果たし状。おまけに、二人になった途端これだ。ねえ、首席くん」


 フェリクスは猫みたいに目を細めて、俺をのぞき込む。「君たち、見ていて全然飽きないよ。この学院に来て、こんな面白いもの、初めて見た」


 面白がられている。しかも王子に。俺の平穏からの距離が、また一段と開いた音がした。


 「……お褒めにあずかり、光栄です」


 「あはは、棒読み。いいね、そういうの」


 オスカーはフェリクスに対して、あからさまな警戒を浮かべた。「殿下。彼に、何のご用です」


 「用ってほどじゃないよ。面白いものは、近くで見たいだろ? それだけさ」


 そう言ってフェリクスは、俺の肩を馴れ馴れしく叩いた。まるで昔からの友達みたいな距離の詰め方。王族相手にどう反応するのが正解なんだ。俺が戸惑っているあいだにも、王子はにこにこと言葉を続けた。


 「決闘、飽きたら僕にも一枚噛ませてよ。学院の外の話、いろいろ知ってるからさ」


 その笑顔の奥に、退屈を持て余した子どもの目がちらりと見えた気がした。退屈している王子ほど厄介なものはない。前世の物語でもこういう手合いは、たいてい騒動の火種になると相場が決まっている。


 王子に気に入られるなんて、平穏を望む身には悪夢でしかない。目立てば目立つほど、あの理事の目にも留まりやすくなる。コンラートのあのひやりとした笑顔を思い出して、俺は思わず身震いした。厄介ごとは勝手に増えていく。逃げても逃げても、包囲網はじわじわ狭まっていくみたいだ。それでも足を止める気にはなれない。次はどんな種目で挑んでくるのか、少しだけ気になっている自分がいて、俺は慌てて頭を振った。


 王子に見初められ、名物認定され、宿敵には逃げ場をふさがれ。俺の平穏はいよいよ絶滅危惧種だ。それでも——掲示板をにらんで悔しがるあの整った横顔を尻目に、俺はため息の割に、口元がゆるんでいた。名物の片棒を担がされるのも、存外悪くないのかもしれない。

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