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悪役令息に毎週決闘を挑まれていますが、たぶんこれ果たし状じゃない  作者: 夜凪 蒼


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第5話「【Side テオ】若様が返事を待っている」

テオ、というのが私の名だ。物心つく前から、グランツベルク公爵家に仕えている。父もその父も代々この家の従者だった。だから私にとって、若様——オスカー様のお世話をするのは、息をするのと同じくらい当たり前のことだった。


 その若様がこのところ、少しおかしい。


 きっかけはあの果たし状だ。入学式の日、若様はご自分から、平民特待生のルカ・ミレット様へ決闘を申し込まれた。全校生徒の前で、たった一人を名指しして。あのときの私の驚きといったら、口から心臓が飛び出すかと思ったほどだ。


 なにしろ若様がご自分から誰かに関わろうとするなんて、ついぞ見たことがなかったのだから。


 私の一日は若様の一日と重なっている。朝は誰より早く起きる。制服に皺ひとつないか検める。授業のあいだは控えの間で待つ。放課後には決闘の支度を整える。若様が望むより先に、必要なものをそろえておく。それが従者の務めだ。私の誇りでもある。だからこそ主の小さな変化には、誰より早く気づいてしまう。気づいて、そして、少しだけ胸が騒ぐのだ。


 夜。若様の私室で、私はいつものように翌日の支度を整えていた。ふと机のほうを見ると、若様が便箋に向かって、じっとペンを止めている。書いては破り。また書いては破り。屑籠には丸めた白い紙が三つ、転がっていた。


 果たし状の文面である。たかが決闘の申し込み。種目と賭けと日取り。書くことなど、決まりきっているはずなのに。


 「若様。今週のぶんは、まだ……?」


 「……口を挟むな。今、考えている」


 珍しく歯切れの悪い声だった。私は思わず口元がゆるみそうになるのをこらえる。翼の一枚まで丁寧に押された封蝋。何度も書き直された、たった一行の走り書き。若様はきっとご自分でも気づいていない。あの果たし状に、どれほど手をかけているのかを。


 思えば最初に果たし状を出すと決めた夜も、若様はこんなふうだった。いや、あのときはもっとひどかった。書いては丸め、丸めては書き。夜が更けてもペンは進まない。私が見かねて『そのままでよろしいのでは』と申し上げると、若様は真っ赤になって私を部屋から追い出した。翌朝、屑籠は紙くずで山になっていた。


 こんな若様を見るのは、ずいぶん久しぶりだった。いや——エリアス様が、この屋敷にいらした頃以来だ。


 エリアス様。若様の、5歳年上の兄君。かつてこの家の跡取りで、若様が誰より慕っていた方。根も葉もない醜聞を着せられて廃嫡され、屋敷を去ったあの夜から、若様は笑い方を忘れてしまわれた。誰にも心を開かず、二位は無価値だという言葉だけを支えに、ひたすら完璧であろうとして。


 あの夜のことを、私はまだ、うまく思い出せない。子どもだった私は大人たちに問い詰められ、震えるまま、言えと命じられた通りのことを口にした。それがエリアス様を追いつめる一枚になったと知ったのは、だいぶ後になってからだ。


 だから私は心に決めている。いつか必ず、あの夜の嘘を正しい形に戻すのだと。それがのうのうと従者を続けている私にできる、たったひとつの償いだから。


 エリアス様はよく笑う方だった。堅苦しい屋敷の空気を、いつもふわりとほどいてしまう不思議な人。幼い若様はその兄君の背ばかり追いかけていた。剣の稽古のあと二人で厨房に忍び込み、料理長にこっぴどく叱られたこともある。あの頃の若様は今よりもっと子どもらしい顔で笑っていた。その笑顔が消えた日のことを、私は生涯忘れないだろう。


 翌朝。私は若様の書かれた果たし状を、ミレット様の教室へ届けに行く。この頃はそれが私のひそかな楽しみになっていた。


 ミレット様はいつも複雑な顔で封を割る。うんざりした顔で、それでいて青い封蝋のかけらは捨てずに机へしまう。あの方はたぶん、気づいておられない。若様の不器用な決闘が、宣戦布告なんかじゃないことに。


 この頃の若様は妙なことをなさる。食堂で、ミレット様がどの席に座るか、それとなく目で追っている。掲示板に順位が張り出されれば、誰より先に見にいく。ミレット様の名が一位にあると、悔しげに眉を寄せる。それでいて口元が、ほんの少しほどけているのを私は見逃さない。負けたはずなのに、どこか嬉しそうなのだ。私が果たし状を届けに行くと、決まって『返事はどうだった』とお尋ねになる。ミレット様は口では何ひとつ返さない。それでも若様はまた次の一通を書き始めるのだ。


 勝ち負けの言葉しか知らない若様が、あの平民の少年の前でだけ、少しずつ人の顔を取り戻していく。私はそれを、すぐそばで見ていられる。従者として、これほどの果報はないだろう。


 若様が誰かの返事をこんなにも待っている。エリアス様を失って以来、初めてのことだった。


 どうか、と私は願う。あの平民の特待生が、若様の隣に、この先も居続けてくれますように。勝ち負けの言葉でしか人と関われない、不器用なうちの若様の、すぐ隣に。

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