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悪役令息に毎週決闘を挑まれていますが、たぶんこれ果たし状じゃない  作者: 夜凪 蒼


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第4話「親切な大人ほど怖い」

その日、朝の集会の壇上に、見慣れない大人が上がった。仕立てのいい紺の外套に穏やかな笑み。学院長がうやうやしく紹介する。学院理事、コンラート・グランツベルク様。——グランツベルク。その姓に、俺の背筋がわずかにこわばった。


 オスカーの、叔父。


 前世の記憶を必死にさらう。だがこんな人物が物語に出てきた覚えはない。断罪イベントの黒幕も、結局ゲームでは描かれず仕舞いだった。つまり俺の持つ台本には、この男のページが一枚も存在しないのだ。得体の知れなさに、じわりと汗がにじむ。


 「今日は、素晴らしい生徒に会いにきたのですよ」


 コンラートの視線が、まっすぐ俺を捉えた。壇を降りてこちらへ歩み寄り、大勢の前で、俺の肩へ軽く手を置く。


 「ルカ・ミレット。平民の身から首席を勝ち取った、我が校の誇りだ。生まれや家柄に頼らぬこの姿勢を、貴族の諸君も——そう、オスカーあたりも、大いに見習うべきだろうね」


 和やかな笑い声がまばらに起きる。だがそれはすぐ、ひそひそとしたざわめきに変わっていった。俺を見る貴族生徒たちの目に、それまでなかった色が差す。羨望。反感。そして、値踏み。


 ……なんだ、これ。


 ちらりと、オスカーのほうをうかがう。名指しで引き合いに出されたというのに、あいつの顔には、完璧な無表情が貼りついていた。感情を一切こぼさない、あの壇上の顔だ。……いや。よく見れば、膝の上で組まれた指が、ほんのわずかに白く力んでいる。


 褒められている。それも学院の理事直々に最上級の言葉で。ふつうなら、飛び上がって喜ぶ場面だろう。なのに、背中を虫が這うようなこの感覚はいったい何なんだ。喉の奥に小骨が引っかかったみたいな、据わりの悪さ。


 コンラートは終始にこやかだった。言葉のどれを取っても、非の打ちどころのない賞賛。悪意なんて、爪の先ほども見当たらない。それなのに、肩に置かれたあの手の感触だけが、ひやりと冷たく残った。


 集会のあと、コンラートはわざわざ俺を廊下で呼び止めた。何か困ったことはないか。理事の私に、いつでも相談していい。柔らかな言葉が次々と差し出される。親身そのものの口ぶりだった。それなのに俺の体は、その場から逃げ出したくてうずうずしていた。その笑顔の何が引っかかるのか、いくら考えても言葉にできない。それでも背中だけは正直で、しきりに警鐘を鳴らし続けている。


 その週から、学院の空気が変わった。


 廊下ですれ違う貴族生徒がさっと道を空ける。以前なら軽口を叩いてきた顔ぶれも、俺と目が合うと気まずそうに逸らす。「理事様のお気に入り」。そんな囁きがあちこちで俺の背中を追いかけてくる。褒められただけで、俺は透明な壁の内側へ、ぽつんと押し込められてしまった。


 皮肉なものだ。あんなに望んだ「目立たない平穏」が、ここへ来て真逆の形で崩れていく。孤立。それはまさに、物語のオスカーが背負うはずだった立場だった。どうして俺のほうが、そっちを引き受けているんだ。


 昼休み。隣の席の男子が俺と目を合わせるなり、そそくさと弁当を持って離れていった。つい先週まで購買の新作がどうとか、くだらない話で盛り上がっていた相手だ。悪気はないのだと思う。きっと理事様のお気に入りに気安く話しかけて、あらぬ火の粉を浴びるのが怖いのだろう。俺は一人きりの机で、冷めたパンを黙って口へ運んだ。味なんて、ろくにしなかった。


 ひとり食堂の隅でパンをかじりながら、ふと思い当たる。この居心地の悪さを、あいつは日頃からずっと味わってきたのか。教室のどまんなかで、誰ひとり近寄らせずにいる、あの張りつめた立ち姿。今さらながら、その背中の意味が、少しだけわかった気がした。


 そして、木曜日。


 いつものように、テオ——オスカーの従者が、俺の机に白い便箋を置いていった。青い封蝋に双頭の鷲。何ひとつ、平時と変わらない。学院中が俺を腫れ物みたいに扱うこの週でさえ、果たし状だけは当たり前の顔をして届いたのだ。


 封を割ると、今週の決闘の種目のほかに、走り書きが一行添えてあった。


 「あの茶番は気に食わん。叔父上の言葉など、真に受けるな」


 茶番。あの、非の打ちどころのない賞賛を、こいつは一言で切って捨てた。しかも俺が味わったあの気持ち悪さの正体を、まるで先回りで見抜いていたみたいに。俺は便箋を握ったまま、しばらく動けなかった。


 考えてみれば、あいつだけだった。この一週間、俺を腫れ物扱いしなかったのは。理事の賞賛にも周りの遠慮にもまるで頓着しない。気に食わないものは気に食わない。旨いパンは旨い。そういう単純さで、あいつはまっすぐ殴りかかってくる。だからだろうか。ふさぎかけていた気分が、その一行で、少しだけ軽くなった。


 周りの全員が俺から距離を取った週に、たった一人、いつもの調子で殴りかかってくる奴がいる。宿敵のはずなのに。喧嘩を売られているはずなのに。なんだろうな、この、妙にほっとする感じは。


 ……調子が狂う。本当に、こいつには調子を狂わされてばかりだ。

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