第28話「証人席から立つ」
昼の鐘が鳴り渡ると、祭りのざわめきは、水を打ったように引いていった。特設の壇へ進み出た叔父が、痛ましげに眉を寄せる。集まった客と生徒を、ゆっくりと見渡した。その手にはうやうやしく一枚の書面が掲げられている。
「本日は晴れの日に、心苦しい話をせねばならん」
朗々と、それでいてどこか悲しげに叔父は語り出した。旧棟の陳列室で壊された、由緒ある記念の彫像。その現場に居合わせた、公爵家の跡取り。目撃したという証人。数々の不品行の噂。柔らかな声が一つずつ石を積むたびに、聴衆のざわめきが、壁際に立たされたオスカーへ集まっていく。
広場を満たしていた楽団の調べは、いつのまにか止んでいた。誰もが息を潜め、壇上の理事と、壁際の令息とを見比べている。祭りの華やぎはあっという間に、見世物めいた好奇の熱へ塗り替えられていった。俺の掌に、じっとりと汗が滲む。
叔父の話術は恐ろしく巧みだった。断定はしない。疑わしい事実だけを並べ、判断を聴衆に委ねる体を取る。そうやって、自分の手は汚さずに、じわじわと外堀を埋めていく。壁際のオスカーは、反論もせずに立ち尽くしていた。抗弁すればするほど、見苦しく映る。それすら、あの人の計算のうちなのだ。
俺は人混みのなかで拳を握りしめた。まずい流れだ。このまま叔父の独擅場が続けば、聴衆の心証はあっという間に固まってしまう。糾弾の熱がじわじわと講堂を満たしていく。誰か止めろ、と誰もが思い、そして誰も動かない。動けるのはこの筋書きを知っている俺だけだ。
「甥を、この手で問うのは、身を切られるより辛い。だが理事として、公正のためには是非もない」
叔父の視線がふいに人混みの一点で止まった。俺の上だ。
「そこの平民の子。ルカ・ミレット。君は、この学年一の秀才として、誰より公正な目を持っている。……さあ、証人として皆に語ってくれ。君がこの目で見てきた、オスカー・グランツベルクという男のことを」
どっと、視線が俺に集まった。何百人ぶんもの目だ。叔父の描いた筋書きの、まさにその一点。ここで俺が証言すればいい。あいつの高慢さを、不品行を器物損壊の疑いを。そうすれば断罪の絵は綺麗に完成する。前世の画面で主人公がとどめを刺した、あの席。俺は今、そこへ寸分たがわず立たされていた。
全身の血がすっと引いていくのがわかった。ここだ。前世の画面で、幾度となく見せられた運命の分岐点。主人公が証言台に立ち、令息の罪を告げる。物語がいちばん盛り上がる、あの残酷な見せ場。台本どおりなら、俺は今から、あいつを地獄へ突き落とす一言を吐くことになる。
呼吸が浅く速くなる。何百人もの視線の重みは、思っていたよりずっと重かった。喉がひりつく。一歩を踏み出すのが、こんなに怖いとは思わなかった。それでも——俺の足はもう迷わない。半年ぶんの記憶が、背中をぐっと押している。
俺は一歩を踏み出した。証人の席から。だが向かった先は、叔父の待つ壇の中央じゃない。壁際でひとり立たされた、あいつのほうだ。ざわり、と客席が波立つ。俺は人垣を割って進む。たっぷり衆目を浴びながら、オスカーの真横に並んで立った。
一歩ごとに囁きが大きくなる。首席は何をするつもりだ。乱心したのか。無数の視線が槍のように俺へ突き刺さってくる。それでもあいつの隣に並んだ瞬間、不思議と胸のざわつきが凪いだ。ここが俺の立つべき場所だ。半年かけて、俺はようやくそれを見つけたのだ。
「なっ……何のつもりだ、平民」
叔父の声が初めて笑みを失った。聴衆がどよめく。証言を拒むどころか、糾弾される側の隣へ回る。そんな首席の姿を、誰一人予想していなかったのだ。——ただ一人を除いて。
隣を見上げれば、オスカーだけが、少しも驚いていなかった。眉一つ動かさず、まっすぐ前を見据えている。俺がここへ来ることを、はなから知っていたみたいに。いや——きっと信じていたんだ。俺がこの席から立ち上がることを。その横顔を見た途端、浅かった俺の呼吸が、すうっと深く戻ってきた。
その落ち着きがなけなしの俺の勇気に火を点けた。こいつは俺を信じてここまで待っていた。ならば、応えるしかない。俺は大きく息を吸い込み、腹の底から声を絞り出す。壇上の叔父をまっすぐ見据えて。
「証人になれって言いましたよね、理事様」俺は声を張った。人混みの隅々まで届くように。「なりますよ、喜んで。俺はこの半年、誰よりこいつを近くで見てきた。だから証言します。——オスカー・グランツベルクは、器物ひとつ壊しちゃいない。あんたの筋書きのほうこそ、穴だらけだ」
言い切ってやった。腹の底から絞り出した声が、しんと静まった講堂に響き渡る。半年前の俺なら、とっくに逃げ出していた場面だ。それが今は何百人を敵に回しても、この立ち位置を譲る気になれない。隣のオスカーの視線を背中で感じる。それだけで、不思議と怖くなかった。この半年が俺をそんなふうに変えたのだ。
叔父の顔から、痛ましげな仮面がゆっくりと剥がれていく。だがすぐに、余裕の笑みが戻ってきた。物証はとうにあの人の手の中だ。証人が一人裏切ったところで、盤面はまだ揺らぎもしない。そう高をくくった、勝者の笑みだった。
「威勢はいい。だが、証拠もなしに何を言う」叔父は嗤った。「口先だけの証言に、いったい何の値打ちがある」
値打ちなら、これから見せてやる。俺は仲間のいるほうへちらと目をやった。講堂の隅で、カミル先輩が綴りを抱えて頷く。人混みの向こうで、フェリクスが軽く手を挙げる。——札はこっちにもそろってる。さあ、一枚ずつ切っていこうか。




