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悪役令息に毎週決闘を挑まれていますが、たぶんこれ果たし状じゃない  作者: 夜凪 蒼


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第27話「あの景色が組み上がっていく」

創立祭の朝は嘘みたいによく晴れていた。学院じゅうが色とりどりの垂れ幕と花で飾り立てられている。中庭には菓子や軽食の出店がずらりと並んだ。焼き菓子の甘い匂いと、香草を利かせた肉の匂いが、風に混ざって流れてくる。着飾った生徒と招かれた客とで、どの通路も人いきれに満ちていた。


 祭りだ。誰もが浮き立つ、一年でいちばん華やかな一日。楽団の奏でる調べが、噴水の広場から絶え間なく聞こえてくる。——なのに俺の背には、朝からずっと、冷たい氷を当てられているみたいな感覚が貼りついて離れない。


 俺は人波に流されるまま、祭りの喧騒を眺めていた。飴を頬張る子供。着飾って笑い合う令嬢たち。楽団の陽気な調べ。何もかもが平和そのものの光景だ。だからこそ、余計に薄気味が悪い。この華やかな一日が、じきに一人の少年を吊るし上げる舞台へと、姿を変えるのだから。


 見覚えがあるのだ。この景色に。前世の画面で、幾度となく眺めた祭りの一日。垂れ幕の色。噴水の前に据えられた特設の壇。招待客を迎える講堂の設え。その一つひとつが、記憶のなかの絵と、寸分たがわず重なっていく。まるで誰かがあの物語の背景をそっくり現実へ写し取ったみたいだった。


 俺は思わずこめかみを押さえた。前世で幾度も見た祭りの絵面が、現実の景色にぴたりと重なって、めまいがする。あのとき画面の中で起きたことを、俺は何もかも知っている。どこで叔父が糾弾を始め、どの台詞で人々がどよめくのか。予習を済ませた芝居を、客席から眺めているような、ぞっとする感覚だった。


 人の配置までそうだった。壇の袖に控える、理事の叔父。所在なげに壁際へ寄せられていく、オスカー。そして本来なら、この人混みのどこかで証人の席へ導かれるはずの、俺。ばらばらに見えた駒が、祭りの喧騒に紛れながら、あるべき場所へじりじりと収まっていく。あの恐ろしい断罪の景色が、目の前で一枚ずつ組み上がっていくのを、俺はぞっとする思いで見ていた。


 でも怯えているだけの俺はもういない。この景色がどう転ぶか、俺は誰より知っている。知っているなら、先回りして手を打てるはずだ。恐怖の隣で、負けん気がむくりと芽を出している。逃げ回っていた頃には、決して湧かなかった感情だった。


 今日の盤面にはあの物語になかった駒がいる。人混みに紛れて、カミル先輩が講堂の記録係の隣に陣取っている。任免記録の綴りを、しっかり小脇に抱えたままで。フェリクスは招待客の列のどこかで、王家の名代らしい涼しい顔を作っているはずだ。テオは証言に必要なあの日付を胸に刻んで、いつでも壇へ駆け上がれる位置にいる。俺たちは俺たちで、迎え撃つための配置を、とっくに済ませてあった。


 あとは——国境へ発った使いから、まだ何の報せもない。あの人が壇に間に合うかは、もう運を天に任せるしかなかった。


 配置は完璧だ。頭ではそう思う。だが盤面をどれだけ整えても、腹の底の震えは収まってくれない。相手はこの半年、俺の先手をことごとく読んで潰してきた男だ。今日の仕掛けもすでに見透かされているんじゃないか。そんな疑いがじわじわと足元から這い上がってくる。


 それでも俺は一人じゃない。人混みの向こうで、テオがこちらへ小さく頷いてみせた。講堂の柱の陰から、カミル先輩が気だるげに片手を挙げる。みんな、持ち場についている。この半年で拾い集めた仲間が、今日この日のために、俺の背後で息を潜めているのだ。


 壁際のオスカーと、俺は素早く目を交わした。言葉はいらない。打ち合わせはもう、幾度も繰り返してある。あいつが微かに顎を引く。俺も頷き返す。それだけで、腹の底の震えが少しだけ収まった。


 祭りの熱気のなかを、俺は肚を括って歩き出した。ここから先は筋書きに従うふりをしながら、隙をうかがう時間だ。叔父がいつ動くか。どの合図で糾弾が始まるのか。前世の記憶が皮肉にも、今日ばかりはいちばん頼りになる。知っているからこそ、俺たちは先回りして待ち伏せができる。


 逃げるためだけに覚えたはずの物語が、今日は反撃の地図に姿を変える。この半年で拾い集めた手札を、一枚残らず使い切るつもりだ。それで駄目なら、そのときはそのときだ。だが不思議と、負ける気は微塵もしなかった。負けん気が腹の底でじりじりと熱を持ち始めている。


 打ち合わせの刻限が迫り、俺とオスカーは人波を縫って壇のほうへ向かった。祭りの雑踏はすさまじく、少しでも気を抜けば、あっという間に押し流されてはぐれてしまう。と、制服の袖口がくいと引かれた。オスカーの手だ。はぐれないように、俺の袖を掴んでいる。——いや、よく見れば。俺の指のほうもいつのまにかあいつの袖を、しっかり握り返していた。どっちが先に掴んだのか、もう自分でもわからない。


 「……離すなよ、ミレット。この人混みで迷子は、面倒だからな」


 「そっちこそ。公爵家の坊ちゃんが、祭りではぐれて泣くなよ」


 「泣かん」


 憎まれ口を叩き合いながら、掴んだ袖は、どちらからも離さなかった。人いきれの熱と、指先に触れる制服の布の張り。その二つだけが足元のぐらつく現実を、かろうじて繋ぎ止めている気がした。


 不思議なものだ。あれほど鬱陶しかった宿敵の体温が、今は何よりの心強さになっている。逃げていた頃の俺なら、こんな日はとっくに雲隠れしていただろう。だが今はこの袖を離す気なんてさらさらない。隣にこいつがいる。それだけで、震える膝に、どうにか力が戻ってくる。


 壇の上で、叔父がゆっくりと客席を見渡した。柔らかな笑みはいつもと寸分変わらない。あの人の合図一つで、俺の知っている恐ろしい景色がいよいよ動き出す。俺は掴んだあいつの袖を、いっそう強く握り直した。——さあ、幕開けだ。今日こそ、この筋書きの結末を、俺たちの手で書き換えてやる。

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