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悪役令息に毎週決闘を挑まれていますが、たぶんこれ果たし状じゃない  作者: 夜凪 蒼


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第25話「一手、届かない」

物証の在処には心当たりがあった。前世の画面の片隅に、断罪の裏づけになる書付が映っていたのだ。旧い礼拝堂の記録庫に眠っている。うろ覚えの知識のなかで、そこだけは妙にくっきり残っていた。この一手さえ決まれば、叔父の綻びは、言い逃れのきかない証拠へ変わる。俺はそう信じて、仲間を礼拝堂へ導いた。


 「本当にそこにあるのか、後輩」


 「あります。俺の知る筋書きなら、間違いなく」


 根拠は借り物の記憶一つきり。それでもあのときの俺は、微塵も疑っていなかった。冷えきった記録庫の、いちばん奥の棚。俺が指し示した場所に、しかし目当ての書付はなかった。埃をかぶった木箱の中身はとうに空だ。きれいに拭き取られた四角い跡だけがそこに残っている。ついさっきまで何かが置かれていた、その跡だった。


 俺は空の木箱を、しばらく呆然と見下ろしていた。何かの間違いだと思いたかった。棚を一つずつ検めても、それらしい書付はどこにもない。仲間の視線が背中に痛いほど刺さる。ここまで大見得を切って連れてきておいて、肝心の切り札が、もぬけの殻だったのだ。


 誰かが先に持ち去っていた。


 最悪の報せは最悪の間で飛び込んできた。旧棟の陳列室で、また一つ、記念の品が壊されたという。今度は「噂」じゃない。壊れた現場にオスカーがいた。そう名指しする証人まで、ちゃんと用意されている。


 「……嵌められたな、こりゃ」


 カミル先輩の低い呟きに、誰も反論できなかった。器物の損壊。犯人に仕立て上げられる公爵令息。前世で見た並びが、今まさに、現実の手で先回りに並べ直されていく。俺の打つ手より、叔父の打つ手のほうが、いつも一歩だけ速い。


 証拠は奪われ、罪はでっち上げられた。しかもその犯人役に、オスカーが据えられている。二つの凶報が続けざまに胸へ突き刺さった。まるで、こちらの動きを最初から見透かされていたみたいだ。いや——見透かされていたんじゃない。読まれていたのだ。俺が後生大事に頼っている、あの筋書きごと。


 頭がうまく回らなかった。なぜ先を越されたのか、しばらく飲み込めない。俺の知識は正しかったはずだ。在処も日付も間違えてなんかいない。


 ……いや、違う。俺が見ていたのは、あの叔父が黒幕だと誰も知らないまま閉じた物語だ。画面の向こうの黒幕は、こんなふうに先手を打ってはこなかった。俺の知る筋書きには、黒幕の思惑という一枚が、そもそも描かれていなかったのだ。知識の穴。逃げ切るための地図に、はじめから空白があった。その空白の隙を、叔父はやすやすと突いてきた。


 重い足取りで、俺たちは礼拝堂を後にした。西日が色硝子を透かして床に赤い模様を落としている。あんなに頼りにしていた前世の記憶が、こうもあっさり裏切るとは思わなかった。俺の握っていた地図は、そもそも肝心の場所が破れていたのだ。


 その晩、同盟は静まり返っていた。頼みの綱の物証は消え、逆にオスカーへの疑いだけが濃くなった。俺の一手は届かなかったどころか、相手にこちらの狙いを教えてやったも同然だ。仲間の顔を、まともに見られない。膝に置いた手がひとりでに固く握られていく。半年かけて積み上げてきたものが、たった一日で足元から崩れていく音がした。


 誰も俺を責めなかった。それがかえってこたえた。一言でも詰ってくれたほうがまだ楽だったのに。フェリクスは黙って地図を畳み、テオは俯き、カミル先輩は天井を睨んでいる。俺の勇み足が招いた沈黙が、部屋のなかに重く澱んでいた。


 守ると決めたはずだった。逃げないと、あんなに威勢よく啖呵を切ったはずだった。なのに俺が頼りにしたのは結局、前世の記憶という借り物の地図で。その地図が破れた途端、俺にはもう、差し出せる手が何一つ残っていない。じわじわと、痛みが遅れてやってくる。悔しさとも情けなさともつかないものが喉の奥をふさいで、しばらくまともに息ができなかった。


 俯いたままの俺の前に、ことり、と湯気の立つカップが置かれた。顔を上げれば、オスカーだ。慰めの言葉なんて、こいつの語彙にはない。わかっている。だから肩を叩くでも、大丈夫だと言うでもないんだろう。あいつは俺の隣に黙って腰を下ろし、しばらくしてから、ぶっきらぼうに口を開いた。


 「次だ」


 たった一言だった。


 いつか中間試験で敗れたとき、荒れもせずにあいつが漏らした、あの一言。負けは終わりじゃない、次がある。勝ち方しか知らなかった男が覚えた、たった一つの別の言葉だ。それを今、あいつは俺のほうへ返してきた。立ち上がれと急かすでもなく、ただ、隣で。


 次、か。その一言だけを支えに、俺はどうにか折れずにいられた。カップの縁から立ちのぼる湯気を、俺はぼんやり見つめる。掌に食い込んだ爪の跡を、ゆっくりと開いていく。今夜のところはまだ立ち上がれそうにない。それでも明日は借り物じゃない何かを、この手で探さなきゃならないんだ。

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